瘋癲読書日記

瘋癲読書日記2018

読んだのを書き止めて置かないと読んだかどうかも忘れてしまう侘しい瘋癲老人の遅読読書メモ。
スマホで書くのでミスタッチが避けられないのは残念だが便利(週一日記もスマホ)


2018年12月7日

「大江健三郎 柄谷行人 全対話」講談社二〇一八年六月三〇日刊、「大江健三郎と私 書き下ろし」「中野重治のエチカ「群像」一九九四年」「戦後の文学の認識と方法「群像」一九九六年」「世界と日本と日本人「群像特別編集集 大江健三郎」講談社MOOK  一九九五年」
大江は自分を「僕」と語り柄谷も「僕」と語る。

「中野重治のエチカ「群像」一九九四年」
vulnerability、ユーモア×イロニー、
中野重治は、高校生の頃、「歌のわかれ」「汽車の罐焚き」「むらぎも」をプロレタリア文学の一つと読んだ記憶がある、学生の頃、「甲乙丙丁」を政治的(?)に読み、政治と文学に関する考えは納得し得るものであった。
中野の細部から全体に、廉直さ、ナショナルとインターナショナル。
柄谷は一九六〇年大学一年生でブントにいてから社学同、それでも、 この大江柄谷の対談は波長が微妙に合い、高度のものであり、中野重治を読んでみたくなる。
「村の家」「ちょっとの違い、それが困る」等が採り上げられており、図書館から借りて読もう。
「素樸ということ」昭和三年
「・・作家の全ては彼の制作を一つのブだルジョア的範疇である貨幣に換算して評価するべきではなく・・」、今や何もかも貨幣に換算される。
「・・また銭を作るためにこともあろうに素樸を持ちだしたことの恥さらしですあろう。」
「村の家」昭和十年
転向とは何かとあらためて考えさせられる。
中野重治について、大江と柄谷がこんなに意見が合うとは。

「戦後の文学の認識と方法「群像」一九九六年」
柄谷「・・批評家とは、思考することと存在することの乖離そのものを見ることでした ・・」大江「この二年ほどスピノザを読む・・神イコール自然の全存在・・」「・・戦後文学・・哲学者の認識、哲学者の自己表現に近づいていこうとした時代・・」柄谷「・・大江健三郎論・・外国語でだすことはできない・・」「・・哲学的なのならやっていける・・」大江「・・マサオ・ミヨシ・・」
大江と柄谷の中国知識人観は異なる。
柄谷「・・明治と第二次大戦後を対比は僕だと言われてましたが、・・実は・・『万延元年のフットボール・・」「・・日本を美的対象として表象・・」大江「・・本当に文学が必要で意味ある時代・・『万延元年のフットボール』の頃で終わり・・」「思想の問題はイマジネーションの問題で・・現実を変える力を持たないけれども・・その時代を記憶する・・世界中的意義・・」
スピノザ、学生の頃、戸頃重基先生の倫理学でスピノザのエチカについて学び、感心した記憶だけが残っている。
大江「・・日本の若者のドウルーズに対する熱狂・・」、ポスト構造主義が熱狂の時もあったのか。
大江「・・スピノザの「自然全体が神である。そして、神の認識がわれわれの認識のすべてでもある」というのが僕には安心できる出発点で、・・」p119
柄谷「・・今は、日本に小説の読者がいないだけでなく、アメリカにももういないと思うんですよ。」大江「・・ラテンアメリカ文学にくらべてみると、日本文学が世界文学の前景に出ていくということは、これまで全然なかったですよ。それが口惜しいと思う。」
ambiguous×ambivalant、「Japan,the dubious and myself」、vague×clear、ambivallence、ambiguity、shady、dubious、two-edged、
vacilation、vacilate、ユーモア
悲劇の対位語は笑い
大江「小説は・・両義性の間で揺れている、ひもの上で芸をしてるんです。」『燃え上がる緑の木』「僕には、小説は、自分にとっておわったという気持ちが強いんです。」
それで一九八八年の『最後の小説』があったわけか。
大江「・・大江の講演は論理的に展開させていく、あるいは論理的な発見を提示していくものではない。
大江「ロレンスの『虹』の中野好夫さんの訳は平板・・」
柄谷「フクヤマ「歴史の終わり」・・何も終わっていない・・」
大江「・・治療塔・・第三部では、みんなが滅びようと日常的に納得してしまっているどうにもこうにもしようがない状態と、そのなかでの抵抗を書いて終わろうと思ったんです。ところがそれを書く気力を奮い起こすことが大変で、結局、書かなくなってしまったんですけれども、かわりに今度の三部作(「燃え上がる緑の木」)に中心的なイメージを導き込んで終わることにしたんです。」、これが全然わからない。
「日本語で書きながら、世界言語であるような表現・・」「イシグロの果たした役割は、僕は非常に大きいと思っているんです。・・」
「水村美苗」
vacillate

大江健三郎の偉大さ(?)に納得出来るが、何故、こんな作家に取り込まれてしまったのか悔やまれる。大江健三郎、存在しなければ、楽しく小説を呼んで暮らせたらものを。

文芸評論家は、平野謙、中村光夫、江藤淳・・・、柄谷がデビュー (?)したときは、新しい評論家と出現と思っていたが、iその後目立たたず、どうしたのかと思っていたら、哲学に近い立場で活動してたのだ。

2018年12月7日

「現代日本の文学47 安部公房/大江健三郎集」のグラビアの釧路の海に「幸福な若いギリアク人」が引用されているので、六十年近くぶりに「幸福な若いギリアク人」を、図書館から「大江健三郎全作品3」新潮社を借りて読む。
北海道東北に住むインディアンと呼ばれる廿歳のギリアク人、晴れ男。日本脱出者を磯船に乗せて樺太に向かうが舟から落ち、泳いでいるところ密漁船に助けられ釧路港に着く。《おれは幸運の星をいただいた晴れ男だ、廿五になったら向こうに嫁をつれてこよう、ギリアク人の娘だ》

大江の作品は重苦しいのが多いのにこの小説は題名通り、明るい。評価は低いかもしれないが。
内容は全然覚えていず、題も若いギリアーク人と誤解していたが、高校生の頃読んだときの明るい印象の記憶は間違いなかった。
初出誌が小説中央一九六一年一月公論社となっている。 高校の頃、文學界をときたま買っていたので、文學界で読んでいたと思っていた。 立ち読みだったか、本の立ち読みは高校生、学生の権利だ。
この小説と「青年の汚名」、北方の文学を志したのだろうか。
太宰治の作品中の「走れメロス」のような気がするのだが。

この本に、評論でときたまとりあげられる「勇敢な兵士の弟」初出文藝春秋一九六〇年一月、「下降生活者」群像一九六〇年十一月も掲載されているのでこれも読む。
「勇敢な兵士の弟」、大江には実生活でのあにおとうと、小説でのあにおとうとが重要で、この小説は批評で引用されることがある。特攻で戦死した兄、性的不能になった弟である。
「・・ぼくは夕暮れの空を見るたびに、何十万の若い戦死者が雲のように空いちめん に充満しているのを見てしまう・・」、「空の怪物アグイー」を連想した。

「下降生活者」、読み出したら、最近読んだのに気がつく。
《つきあっていただけませんか? 男同士の同性愛です。つきあっていただけませんか? 人間仲間の愛です》

2018年12月3日

黒古一夫の大江健三郎論に「現代日本の文学47 安部公房/大江健三郎集」学研昭和四五年四月一日初版に大江健三郎自作の年譜大江健三郎研究 四国の森と文学的想像力 Field Workが載って入ることで、図書館から借りて覗く。
この年譜は、編集部で作成したものに、筆者の加筆、訂正を得た。とある。
昭和三五年、飼育、人間の羊、運搬、鳩、芽むしり仔撃ち、見る前に跳べ、暗い川おもい櫂、鳥たち、不意の唖、喝采、戦いの今日を発表、この年、強度の睡眠薬中毒にかかる。突然に作家生活をはじめたため、新しい状況に対応できず、多量の睡眠薬を用いたためである。
多作は更に続く。
この本の初めにカラーの写真集、大江健三郎文学紀行があり、内子町大瀬を望む写真には、大江健三郎を育んだ地、大江健三郎が文学心を育んだ地と、感じ取れる。
「大江健三郎研究 四国の森と文学的想像力 Field Work」二〇〇四年刊を読んだ時には、研究書のせいか、感じられなかったものである。
この写真集には、「幸福な若いギリアク人」に絡んで北海道の写真が数葉あるが、作品は掲載されていない。掲載された作品は「芽むしり仔撃ち」「飼育」「不意の唖」「後退青年研究所」「アトミック・エイジの守護神」
この写真集の後に、モノクロ写真付きで、松原新一が「「谷間の村」を訪ねて」を書いている。
好奇心で大江健三郎の生家を調べてみた。ノーベル賞を受賞した影響だろうか、情報が多く、googleのstreet viewで訪ねることができた。過疎化が進み寂しい集落を予想していたが、「町」である。
巻末に大江健三郎文学アルバム(写真集)が掲載されており、大江健三郎はこんなに自己顕示が旺盛だったのか。 どこかで故郷を、私生活をさらけ出さない作家いう風に考えていた。
アルバムに野口武彦が評伝的解説を書いている。
初めての創作集に大江が「換金されてる状態、閉ざされた壁のなかに生きる状態、」、筑摩書房新鋭文学叢書大江健三郎集か。
「本当に文学が選ばれねばならないか?」、これには屈辱感のイメージ。
「ブラジル風ポルトガル語」、「村」が暗色に。
「下降生活者」、見るまえに跳べの文庫本に入ってるのか。

2018年12月1日

黒古一夫著「大江健三郎論」一九八九年八月十日彩流社刊を読む。
〔生き方の定義ー再び状況へ〕
〔同時代としての戦後〕
「・・村上春樹を一方の極点にもってきた時、他の極点に大江健三郎の文学が代表する・・・」?p7
「〈森の思想〉は、大江の創作活動を終始支えてきた。」p11としている。
「・・「天狗のカゲマ」と子どもたちにからかわれたエピソードが紹介されているが、この事実は・・・」p23、これはフィクションではないのか。
『万延元年のフットボール』を「政治における正統と裏切り、反権力の歴史のつながり、民衆のしたたかさと狡猾、・・主調音として・・」p29と黒古はより政治的にみている。
『洪水はわが魂に及び』は連合赤軍事件に取材したものp38と書いているが。大江の学生運動絡みの小説は“ピンとこない”ところがある。
山口二矢の自殺と「政治少年死す」との関連性ほどには想像できないのだ。
「悪霊」が頭にあってか、私は、政治党派がらみの作品にはそれほどフィクションとしてのリアル性を感じとれないのだ。
「・・党派闘争を作品の重要な狂言回し・・」p53、狂言回しという言葉をズーッと思い出せないでいた。
〈松本健一〉p68、全然知らない。巻末に参考文献は書かれていない。文学論とはこういうものなのか。
〔核時代の森の隠遁者〕 「最後の小説」p92、こんな小説があった、出版当時、何が最後の小説か??であった。
黒古はこの中の「革命女性」に多くの頁を割いている。
「アメリカに対して・・野間宏、梅崎春生
、椎名麟三たちとも、明らかに違い、より強烈だったのではないか。」p118、GHQの検閲時代もあり、このような比較は見当違いではないか。
〔生け贄男は必要か〕p153
「新しい人よ眼ざめよ」中の作品の題名はブレイクの詩句からp158
〔魂が星のように降って、骨のところへ〕
ノーマン・メイラー「二十世紀後半の文学的にのこされた未開地はセックスの領域だけだ」p171,p7
〔作家は絶対に反政治たりうるか〕一九六六年p176
「蓮實重彦の・・「個人的な体験の普遍化」をはかったものであるというのとは、全く別な次元に属する。」p147と、蓮實に対して批判的である。
「個人的な体験」の最終章については、「・・・新たに〈核状況〉と〈障害児〉という公ー私の極北と告知した作品だったのである。そして問題の結末部分はそのような作家の方向性を自己確認するために、ぜひ必要な個所だったのである。」p153と書いている。
〔われらの性の世界〕
〔作家は絶対に反政治たりうるか〕
〔平和と戦争のイメージ〕一九八五年p191
「これまでいつの時代でも、社会の多数派を占める「庶民」とか「民衆」とか呼ばれるふつうの人々は悲観的にならざるを得なかった。」p193、これは間違いだ。
大江に核の平和利用を肯定する時代もあっいた。p197
〔戦後世代のイメージ〕p200
〔日本の若者たち〕p204
「「現在のように憲法の問題がもっとも危険な状態、・・」「憲法についての個人的な体験」一九六四年」」p212
本多と大江の論争(?)について、「・・資本制社会のなかで生活するかぎり、・・結果的には資本の論理に何らかな形で加担して・・」p219、大江をかばう余りの書き過ぎであろう。
大江健三郎について好く書かれている。嬉しくもあるが、そんなに一貫性もあり素晴らしい小説家なのか、雲の上の存在なのでやむを得ないか。

2018年11月20日

実用書も読む。
牧田善二著「医者が教える 食事術 最強の教科書」二〇一八年第二〇刷ダイヤモンド社刊

2018年11月13日

松原新一著「大江健三郎の世界」昭和四十二年十月二十日講談社刊を読む。
奇妙な仕事から万延元年のフットボールまでを書いている。題名通り大江健三郎論ではなく、評論というよりも案内に近い。
「・・・見知らぬ他人から電話ががかってきたぐらいことで、「ドモッて答えられない」などうろたえてしまうというような不器用な応対ぶりは、大江の達している年齢の者にふさわしいふるまいだ、とはいい難いのである。」p11、孤独の意識、他人との人間関係から書かれたことだが、そうはいってもとの思いは強い。
書記の仕事「死者の奢り」等について、青年(少年か)の孤独、孤立感、構想力、私が高した校生の頃、魅せられた理由が納得できる。関連で読んでない作品は〔偽証の時〕。
「芽むしり 仔撃ち」を高く評価している。
「芽むしり仔撃ち」と同時発表の「見るまえに跳べ」は題名のわりに跳んでなかったと思っていたのだが、松原も「・・挫折を宿命づけられた非生産的な青春をシンボライズしている・・」と書いている。p112
「一日のうちに七つも家庭教師のくちをみつけた、などということは、学生生活の常識からあまりにもかけ離れ過ぎている・・」p98、いや東大はそうなのかもしれない。
性について
この作品から性行為に関する作品が増えてくる。
性でなく括弧付きの「性行為」で、大江の作品から自慰に至ることはなかった、私は。
三島由紀夫の「憂国」の方がはるかに性的だ。
「セックスのイメイジの果たす役割は・・・青年のみじめないきざまの暗喩・・・」p107、〔暗い川、おもい櫂〕〔喝采〕は読んでない
「大江はセックス自体を・・・全体のテーマを浮き彫りにするうえで有効な方法・・・」p108
「大江の用いた性のイメイジは、人間におけるあの「否定性」を象徴するべき、ひとつの文学的方法・・」p112
大江のエッセイ〔われらの性の時代〕〔捕獲?〕p118,119
「「性的人間」とは・・消極的と否定性の要素の端的な象徴・・」p119
〔戦後世代のイメージ〕p128
「セヴンティーン」「政治少年死す」
山口二矢、十七才、私は十六才。
やや左翼がかっていた私には浅沼稲次郎の暗殺は衝撃的だった。一方、山口二矢、右翼であれなんであれ、思想、理念で行動した人間だ。「政治少年死す」は本屋での立ち読みだったが、現実の前に印象は薄かった。比較的最近ネットで読み直した。
松原が書いているようにヒントにしただけなのだろう。安保条約に賛成するのは偽右翼だ。
この作品で新たにセックスが重要な役割を果たす。
「ああ、おお、天皇陛下!・・・」
〔勇敢な兵士の弟〕
〔〈われらの時代〉とはぼく自身〕p136
〔叫び声〕p166
〈ひとはいつかはきっと死ぬ、しかし当分は、自分の番ではない〉p201

「個人的体験」の発表当時、最後がハッピーエンド(?)になるのに、否定的評価が多かったのに対して、松原は発表当時は「安易なエピローグではないか、思わざるをえなかった。」 「もう一度読み直して印象でいえば、このハッピーエンドそのものは作品の主題からみて、それほどの重要性を帯びていないような気がしたのである。 これは小説に一応の結末をつけるためのつけたしではないか。」p214としている。
私としては、このエピローグにホッとした感じを持っていた。比べるのには恐れ多いが、「罪と罰」のエピローグと共通のものなのではないか。
火見子は当然卑弥呼を暗示したものであろうが、その後どうなるのか。鳥(バード)はアフリカへ、火見子は何処へ。
《救い》

「わが国の作家の多くは、自己の青春性を殺すことによって成熟しようとしている。・・・区別されねばならず、くヴェつされうる作家であることを「万延元年のフット」が証明するであろう。」p235
「万延元年のフットボール」
鷹四の「本当の事」
知的障害のある妹を犯したことが「本当の事」が軽くなってしまうp259と松原は書いており、以前から同じように感じていた。
大江健三郎ファンとしては、重い心の闇と思いたいのだが。
「現代人の地獄をつねに異様なアン・モラルな性との関係においてとらえようとする発想から。大江健三郎は、そろそろ脱却してもいいのではないか。」p260

あとがきに、「・・大江に学びたいと思う気持が、私にこのエッセイを書かせた。」とある。大江健三郎論とはちょっと違うなと思っていたが、この本はエッセイだったのか。

2018年10月17日

大江健三郎著「鳥」を読む。新潮文庫「見るまえに跳べ」(昭和四十九年五月発行)中の一編、初出別冊文藝春秋昭和三十三年八月。 二〇頁の短編
鳥たちに囲まれていると幻想し閉じこもる生活のかれ、気ちがい病院にさせられ怪我し、鳥は現れて来ない。
「なあ、鳥なんだお前・・・」p213
「大江健三郎の世界」によると原題は「鳥たち」だったようだ。
「鳥」は「個人的体験」の「鳥」には直接結びつかない。
私の持っている単行本「見るまえに跳べ」昭和三十三年十月刊新潮社には含まれていない。

「動物倉庫」文學界昭和三十二年十二月
戯曲、あることは知っていたが、
登場人物 倉庫番、事務員、サーカスの男、学生
学生を飲みこんだはずの大錦蛇を殺し、サーカスへの損害賠償の問題が、ただになってしまうどんでん返し。

「鳩」文學界昭和三十三年三月
少年院での孤独な「僕」
鳩盗み殺した「混血」を追い詰めた「僕」
罰されるべきなのに罰されない「僕」
「静かな生活」中の「家としての日記」に鳩小屋で首を吊る話があり、それを連想した。

「下降生活者」群像昭和三十五年十一月
「僕」はエリート、大学の助教授から同性愛に耽る《架空の僕》へ。

大江はこれでもかこれでもかと青年を書いていく。光輝く、眩しく感じていた。

解説は渡辺広士

2018年10月13日

堤未果著「日本が売られる」幻冬舎文庫二〇一八年一〇月五日刊を読む。
第一章日本人の資産が売られる
水、土、タネ、ミツバチ、食、牛乳、農地、森、海、海、築地
第二章日本人の未来が売られる
労働者、仕事、ブラック企業対策、ギャンブル、学校、医療、老後、個人情報
第三章売られたものは取り返せ
イタリア、マレーシア、ロシア、フランス、スイス、アメリカ
生協、築地市場システム

「今だけカネだけ自分だけ」p6
「取り返しがつかなくなってからしまったと思っても、唸るほど介護ビジネスで儲けた財界も、彼らの代表がいる規制改革推進会議も、介護を介護ビジネスにする政策を導入した政治家たちも、もうその頃にはいないのだ。p217
規制改革推進会議、竹中平蔵が悪の根源か。
愛国主義を煽るような感じもするが、保守、右翼≒財界が見えてくる。

2018年10月3日

大江健三郎著「二百の子供」中公文庫二〇〇六年十一月発行、二〇〇三年読売新聞連載
大江六十八歳の作、前年に「憂い顔の童子」を刊行し、二年後「さようなら、私の本よ?」を刊行している。
子供達三人がタイムマシーン「夢を見る人」で、過去メイスケさんの時代、シュトラウス生誕二百年の二〇六四年の未来に行ったりする物語である。
障害のある長男真木(十八歳p10)、長女あかり(中二)、次男朔(あだなは「むいみ」)、命名が従来とは趣が異なる。中高校生向けに書かれたようだが、跳散、メイスケさん・・・、長男の障害の状態等、大江文学の読書経験がないとわかりにくいのではないか。
タイムマシーンものって面白いが、その面白さはここにはない。仕掛けが必要であろう、たとえ夢であっても。
「すてご」、作品に度々するのにステゴザウルスを連想してしまう。
ベーコンの好きな犬「ベーコン」がつなぎ役になる。
真木は障害はあるもののシイの木(「千年スタジィ」p14)うろでは中心の位置を占め存在感を表している。
しゃらくさいp154
真木が「私は、英語が得意です、・・」と、
「家としての日記」p218
未来は、徹底した管理社会になっいる。
大江は文庫のためのあとがきに
教育者としては役にたたなかった私が、「三人組」そのままに 知的障害を持った兄を中心として「ゆるやかな絆」で結ばれ、確かな成長を示した子供たちへの返礼であった、と感じます。」と書いている。

新聞に掲載された時とはサイズ等が異なるのだろうが、舟越桂の挿し絵がいい。

2018年10月9日

大江健三郎著「孤独な青年の休暇」新潮社刊の中の
「孤独な青年の休暇」一九六十年四月「新潮」掲載、を読む。
岩波文庫もほとんど置いてない地方都市の高校生の頃、知識もなく、文学となれば文學界と思い込み時たま購入する程度で、「新潮」の存在は知らなかった。
「・・その夕暮が私の廿五歳の誕生日だったのだ。街路樹も屋並も人々すべて醜かった。」p7、大学の文芸部部誌にあるような書き出し、むしろこの作品があって、孤独な青年の独白体のサイトが文芸誌に書かれたのだろう。
自由、解放、青春のすべてが海と空とにあった。そして私は束縛されて大都会の汚らしい片隅にいた。あまりにも不当だ、と私は考え、呻き声をたてた。別の涙が流れた。・・・p18、この文体は?、ひとつの試みなのか。
「僕」が「私」になっている。
「・・ひくひく震える脣がしばらく空気音だけをたててくちごもった。」p20、大江は凄い、
鳥(バード)p57、麻薬中毒のジャズ、アルトサックス奏者、「個人的な体験」の「鳥(バード)」はこれに由来するのか。
ゴッダム、ゴッダムp60、goddamnか。
右翼が小説に登場する。p65

北一輝と署名、ー私も朝鮮人なのよ、懐かしいわね、p84、朝鮮人名に北はないと思うが。
国電の駅p85、地方都市なのに国電?国鉄の間違いだろう。フィクションだからいいか。
「私」は右翼のヒットマンになり、市長選革新系立候補者暗殺に向かい、自殺未遂をやってしまう。最後は安直?

「後退青年研究所」群像一九六〇年三月
十頁ほどの短編である。
ここでは「ぼく」
後退青年研究所、挫折した学生を研究対象とする。価値があったのはやらせの学生。
大江の学生運動からの距離が見えてくる。
「上機嫌」新潮一九五九年一一月
  「わたし」
オーデン《こんなことを考えながらふと気がついてみると、独りぼっちの男が、ベンチに腰をかけていた、ぐだたり首を垂れ、口をひんまげ、だらしなく、みにくく、雛鶏の胎児のように》p144
《死ぬばかり苦しみて、祈り給うこと愈々切に》p166p183、マタイ伝26-38?
ダッタ、ダーヤヅヴァム、ダムヤーク、与えよ、共感せよ、自制せよ p165 ・・なにごとも本当には重大なく誰も重大なことだとなにごとについても考えず現実世界を上機嫌で生きているのだ、p183
・・結局耐えることのできないこの辛い思いをじっと耐えながら上機嫌で生きていくものの身にもなってくれ!p185
「共同生活」群像一九五九年八月
「性的生活」新潮文庫一九六八年刊に収録
「ここより他の場所」中央公論一九五九年七月
二〇頁の短編、「上機嫌」同様、情人と自分自身、ここより他の場所はないのだ。

大江が結婚したのは一九六〇年、長男光が産まれたのは一九六三年
これらの作品群が発表されたのは私の中学生 の頃、読んでなかったのは当然である。
これらの作品は、大江健三郎自選短篇集(岩波文庫二〇一四年』には選ばれていない。

2018年9月16日

カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』(二千十七年ハヤカワ文庫)を読む。
デボラ・ロジャースへと献辞があり、デボラをネットで調べると、二千十七に亡くなったカズオの著作権エージェントである。
『日の名残り』、『私を離さないで』が記憶を辿ることによって物語を形成して行く作品だが、『忘れられた巨人』は老夫婦が消された記憶を回復させようという物語である。
時代はイングランドからローマが撤退し、ブリテン島にゲルマン民族のサクソン人が侵入した時代、
アクセルとベアトリス
鬼p11、山査子p27、夫婦二人で渡れない島、
薬師のいる村p80、老人アイパーp92、クエリグ雌龍、物忘れを『霧』p95、怪物、戦士p106、少年p107、戦士ウィスタン、サクソン人p113、物忘れは神様のせいp120、鬼の噛み傷少年エドウィンp127、
古強者老ステファp131、灰色の髪の兵士p154、 アーサー王の甥、騎士ガウェイン、ホレス・・ドン・キホーテではないか。ブリトン人のブレヌス卿の支配地
チュニックp162?長い上着か。
修道院p195、ブライアン神父、顎髭の僧イラスムス、神父ジョナス、雌龍クエリグに対、するサクソン人ウィスタンとブリトン人ガウェインp204、アクセルは騎士だった、仲間にハービーp206、ジョナス、ニニアンp228、 記憶を失わせる霧の原因は龍のクエリグp234、
修道院脱出p242、
アクセルとベアトリスの息子を尋ねる旅p336、老婆と小妖精p348、女の子がひとり男の子がふたりp370、クエリグに食べさせると毒になる草を食べさせた羊を巨人のケルンに繋いでくるように委託される。
マーリン殿p392
一つだけ、穴の側面中央近くの石の間から山査子が飛び出していた。p428
クエリグを守るブリトン人ガウェインとクエリグを退治するサクソン人ウィスタンが決闘p435、ガウェインが負ける、ブリトン人が負ける。息子を探しに行くアクセルとベアトリス、島に渡ろうするが二人一緒には渡れない。
クエリグが退治されて霧がなくなったのか不明。
題名の「忘れられた巨人」、巨人はブリトン人のことか、アーサー王のことか。
訳者も解説しているが、この作品が書かれたのは二千十五年、Brexitは二千十六年、民族問題への警鐘でもあるか。

2018年8月22日

古書店で50円で購入した大江健三郎著「青年の汚名」文春文庫一九七四発行を読む。
文學界一九五九年八月号から翌年の三月号まで連載された作品、私が中学三年生の時である。
鰊漁の不漁を背景に、大阪網元長老鶴屋、網元衆、青年会が絡み合う。荒若は神的存在で青年会と結びついている。
ギリアク人下婢、樺太犬ホロナイ、隆次、エヒノコックス患者の少年、東原サキ、この小説で姓名がはっきりしてるのはサキだけだ。
大江の小説では山村が主で漁村は珍しいが、閉塞した状況を描いているのには共通している。
「この島の人間は自分の住む場所を他人にめずらしがられて食いぶちをかせぐような屑じゃない」p18
「窮鼠猫を噛む」p90、実際あるのかと思い、ネットをチェックするとyoutubeにあった。 「・・翔び・・翔び・・翔び・・」p98、若い時、大江は「翔」が好きだったのだ。 「見る前に翔べ」、どんな作品だったか想い出せない。 「翫賞」p167、海でも「鴨猟」p188、「蹲んで」p195?「つくなんで」だ。 「明るませる」p214
権力に対決し、滅びる青年、大江のテーマのひとつだ。

解説は篠原茂で大江健三郎がNHKラジオドラマを作成し、大江自身が語り手として出演したことなど書いている。更に『青年の汚名』でとらえた民族の問題はやがて『幸福な若いギリアク人』(1961年)という佳作を生み・・と書く、内容は忘れてしまったが、 高校生の頃、文學界で『幸福な若いギリアク人』を読んでいい印象を受けていた記憶がある。

2018年8月11日

昨日、浦和コルソの須原屋で芥川賞受賞作が載っているので文藝春秋を購入。二つあったレジが一つになっている。今の時代、如何に書店経営が難しいか。

受賞作「送り火」高橋弘希を読む。
津軽に転校してきた中学生、歩が主人公の小説である。
知り合いの子息に歩が二人おり、身近に感じる。
切れのいい文体で読み易い。私としてはできるだけかなを使うようにしているのだが、作者は、習わし、傾げた、靡かせて、溢しながら、と漢字が多い、それが読み易さになっているか。
平野啓一郎は敢えて漢字を使って特有の空間を形成していた。それとは異なる。
津軽弁が出てくる。若竹佐知子の「おらおらでひとりいぐも」を思い出した。
田舎の中学生生活が変化はあるものの淡々と描かれ、どうなるのかと思ったが、最後に暴力事件が発生し、歩も怪我し生死不明のまま終わる。

2018年8月3日

幸田露伴作「天うつ浪」(露伴全集第九巻/岩波書店)を読む。
きっかけは室生犀星作詞の校歌に天うつなみがあり、それをどう考えるのかの助けに読んでみようとしたわけである。
露伴は高校生の頃、「五重の塔」を読んで以来で、今「天うつ浪」の文体は講談調と感じる。
明治の青年、遠洋漁業羽勝千造、新聞記者山瀬荒吉、陸軍少尉日方八郎、相場師島木萬五郎、楢井は北海道、名倉は病気、 水野は欠席での宴会が小説の始まりである。いずれも野州出身。
水野は同僚の教師岩崎五十子を経済的に援助し、面倒みているので欠席。
お龍、静岡出身、お彤(とう)のところに寄宿し、その後、強欲な三味線師匠お關のところに、お彤のところに戻る。
お彤(彤は丹にサンヅクリ、スマホ、pcの辞書類には出てこない漢字、ネット検索し&#24420を半角で記入すると表される。)、筑波の囲われ者。「・・男子(おとこ)は撰び取りにするが宜いんぢゃあ無いか、・・・」p403
勸工場品p308、TVドラマ「花へんろ」に勧商場がある。
清玄見たやうなp325、清玄に穏やかなの意味合いがあったのか、田中清玄は会津藩家老の末裔。
「天うつ浪」は未完成の作品、明治の青年群像を描く小説であろうが、おお龍が活き活きと描かれ存在感が目立つ。ハーディの小説も女性に存在がある。

2018年8月6日

今日の夕刊に、高村薫が「装飾家には導かれた実現の場 連載小説「我らが少女A」を振り返って」を寄稿している。
一回分一000字で書く苦心を語り、急逝した装幀家多田和博氏に感謝している。
小説の舞台を訪れてみたいと思うのは私だけではないだらう。

2018年7月31日

毎日新聞小説「我らが少女A」高村薫作、挿絵監修田中和枝を読み終えて。
所謂新聞小説を読むのは初めてであり、高村薫の作品を読むのも初めてである。
189回、栂野(とがの)雪子の母を殺したのは上田朱美であることを知ってることになっている。
まだ、小野が朱美が逆方向からママチャリで走ってくる記憶が呼び戻される(184回)段階のはずだが。
5月6日272回、浅井忍の母の実家は会津美里町。私が産まれたのは会津本郷町で平成の大合併で会津美里町になった。
ADHDの浅井はさいたま市のゴミ処理会社に勤め、大宮で忘年会、地名等のリアル、店名もそうなのか、この小説に従い野川公園を訪ねるのも一興。
ぷよぷよ等のゲームの世界は時代に密着するものだろうが、残念ながらこちらはゲーム関する知識がない。
8月31日355回、今日が最終回である。
浅井は亡くななっている。
栂野節子殺しの犯人は上田朱美即ち少女Aであることを確定しない。
栂野をとがのと最後まで読めなかった。 推理小説のようでそうではなく、少女Aの周辺を描いたに過ぎないのか。 単行本で発刊される際は変更されるのであおうか。
2018年7月21日

サガン(17才)の「悲しみよこんにちは」を読む、当然、朝吹登水子訳(新潮文庫)である。
今更、「悲しみよこんにちは」であるが、ナボコフの「ロリータ」が出版された際、中年男性が少女に憧れる小説で、少年が中年女性に憧れる小説のが「悲しみよこんにちは」だったと思う怪しげな記憶があり、それを確認するためである。
「悲しみよこんにちは」は全くそのような小説ではなく、17才少女が父とその婚約中の女性をからかい、結局その女性を死に追い込む小説だった。
大姪に当たる朝吹真理子の最新作「TIMELES」が新聞の書評欄に採り上げられ話題になっている。

雑誌展望に太宰賞が設けられ、第一回、受賞作なしで高校生の熊田真紀が「寒い夏」で佳作となった。学生の私は凄いなと思っていた、熊田真紀の名は見ることもない聞くこともない。
2018年4月日

毎日新聞日曜版で週間小説は度々読んでいた、今回の「待ち遠しい」柴崎友香作、58回最終回(2018.03.25)、読み終わったが、起伏の乏しい女性同士の交流、ひとつの生き方を表現したものであろうが、はっきり言って面白くなかった。
2018年7月29日

100歳の精神科医が見つけた「こころの匙加減」高橋幸枝著飛鳥新社2016年9月1月16日第1刷発行
高橋幸枝:1916年11月2日新潟県生まれ、海軍省タイピスト、日本人牧師の秘書、福島県立女子医学専門学校卒業。

2018年7月14日

慶応大学病院の玄関のすぐそばに泰山木の木があり、六月頃大きな白い花が咲く。かってネットで広島の故「そら」さんと「泰山木の木の下でっていう小説あったんではないか」 と話題になったこともあり、平和公園でボランティアをしている「そら」が平和公園の泰山木の花を掲示板に書き込んでくれたことがあった。
さいたま市立図書館で検索したら、小山祐士(こやまゆうし)作「泰山木の木ノ下で(たいさんぼくのきのしたで)」があり、日本の原爆文学12戯曲に掲載されたのを借りて読む。
モグリの堕胎婆ハナの住んでる島の家に泰山木がある。警察署の小庭にも、木下刑事の奥さん家にも泰山木がある。
木下「源やんじゃないけれど・・・」源やん? 出前持ちの青年だ。
ハナ「・・泰山木の大樹のように、物も言わんようになってしもうて・・おしまいでがんす・・・」
ハナ、木下も被爆者。

2018年6月22日

「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち/第十三師団山田支隊兵士の陣中日記」小野賢二・藤原彰・本多勝一編 一九九六年大月書店刊を読む。
見てはいなかったが、注目を浴び、資料として本書が採り上げられこと、もうひとつ、会津若松の歩兵連隊が関わっており、会津出身の私には関心が高く、一度は目を通したい書籍なのである。
叔父の戦地の話を聞かされた時、南京の話は 聴くことはなかったのでどうだったのか確認したかったのでもある。
軍隊に関する知識は不十分で、この本で得られる知識も多かった。兵制の変更が多くわかりにくかったような気もする。
父が教育招集を受けた話は母より聴いていたが、何かを考えてもいなかった。徴兵検査を受けて第一補充兵となり、教育招集を受け120日以内の教育を受けていたわけだ。
酔っ払った軍帽の写真の記憶がある。
山田支隊の会津若松で編成された歩兵第六十五連隊は一九三七年の特設で後備兵よりなる。即ち三十歳以上の兵が中心になるのである。
叔父は若く、会津若松の二九連隊であると考えられる。
両角部隊の勇敢(?)さは記憶の片隅にあったが、特設の部隊だったわけである。
輜重兵については知っていたが、大行李、小行李は初めてである。軍隊は複雑なのだ。
中通り浜通り出身者もあり、必ずしも会津出身者に限らなかったようだ。
将校でなく、二等兵の日記が多く、誤字も多い。それが日記の信頼性でもある。
特に「斎藤次郎」陣中日記は実際の思いが書かれ、誤字がむしろ日記の真実性を裏付ける。
「・・と耕人とがとどく、白い沼入選なり、」(堀越文男陣中日記)
赤痢の予防接種(柳沼和也日記他)があるように書かれているが、実際はどの程度の効果だったのだろうか。
中学校の国語の星先生は満鉄にいた方で梅毒の予防の薬がある話をしていた。現在の医学から考えるとそのようなものはなく、一寸した性教育だったのか。
性病の蔓延を恐れて軍は慰安所を設けていたのだから予防薬はなかったろう。
下痢、下痢、戦死、戦死、銃殺、銃殺、徴発、徴発、死体、死体。
支那夫人、子供、八名銃殺スル。
日記を収集した小野賢二氏の熱意、努力には よくぞ歴史に残してくれたらと思う。

2018年6月24日

毎日新聞書評欄に加藤陽子評で「戊辰戦争の新視点」上下、が採り上げられている。
評者は周年に意味を与え、2018年を明治150年と位置づける内閣に対し、戊辰戦争150年、戊辰150年の立場を示し、戊辰戦争は志士達の占有物でないことを示している。
2018年5月22日

戊辰戦争の新視点(上)世界・政治(吉川弘文館二〇一八年刊)を覗く。
基本的に学術の書である。
外国の公文書の紹介では各国とも中立を保っている(商人は別だが)。
「静寛院・天璋院の行動と江戸城大奥の消滅」に注目した。
(下)軍事・民衆の方が面白いと思われる。
戊辰戦争の新視点(上)軍事・民衆
戊辰戦争期における陸軍の軍備と戦法(浅川)、戊辰戦争の戦費と三井(村)等は新しい視点であろう。
関心があるのは後半の戦争と民衆である。
「天正年中上杉謙信上落(洛)之折から諸民太平お願て親み賜お図」は江戸文化、愉快なり。
秋田戦争等興味深いが、会津戦争はすっぽり抜けている。新しい資料がないからだろうが。
体制により闇に放り込まれてしまったのだろうが、官軍による略奪暴行はどうだったのだろうか、まるっきりの商人農民からはどう見えていたのだろうか。会津では。

明治書院の新釈漢文体系の白氏文集十三が刊行され、全百二十巻が刊行済みとなった。第一巻「論語」昭和三五年発行四六年二三版を購入している(この巻のみ)。高校では漢文の時間もあった。

毎日新聞六月二十四日の書評欄で、「戊辰戦争の新視点 上下」が採り上げられており、加藤陽子氏が、明治百五十ではなく、戊辰百五十年として紹介している。 研究者を論客としているのに違和感を感じるが、十八人の中で奈倉哲三氏の錦絵からの論考を評価している。
やはり(下)も読まなくちゃ。

同じ新聞の「この三冊」では、服部龍二氏がシベリア出兵を語り、著者紹介では、「ショスターコヴィチ 引き裂かれた栄光」の亀山郁夫氏が紹介されている。

2018年9月7 日

「戦争と平和」第四部改版岩波書店は古書店で見つからず、図書館で借りて読む。
4-1-1 ペテルブルクは皇帝の出御、舞踊会、フランス劇場・・
アンナ・バーヴロヴナ・シェーレルの夜会、八月二六日、ボロジノ戦の当日。
エレン、大官、大公の二人に悩み、狭心症p10、藤沼訳では、アンギーヌ。
老伯爵?
ビリービン、ワーシリイ公爵、イッポリート公爵、4-1-2 ヴォルコンスキイ公爵、ベズーホワ伯爵夫人の死、アンナ・バーヴロヴナ、クトゥーゾフ公爵の封書、皇帝の勅書、 4-1-3 ミショー 
4-1-4 マトリョーシカ、ニコライ・ロストフ、ボロジノ会戦の四、五日前、ヴォローネジオへ、県知事の妻はニコライの母の知り合い、カテリーナ・ペトローヴナのクラヴィコード、県庁役人の妻、4-1-5 知事ニキータ・イワーヌイチ、ニコラ、顔を赤らめる、マリヤの伯母アンナ・イグナーチエヴナ・マリヴィンツェワ、リリー? 4-1-6 マリヤ、ロストフとの邂逅後のモスクワ、邂逅は3-2-13禿げ山?、アンドレイ公爵の手紙、マリヤ、ヴォロージナへ、マリヴィンツェワカ、マリア、ロストフ、ブリエンヌ、アンドレイ公爵の幼い息子、3-1-7 モスクワ放棄後のヴォローネジ、絶望のロストフ、アンドレイはいやしくも連隊長、公爵令嬢マリア、伯楽=博労、 ラヴルーシカ、トローイツァから出された母とソーニャからの手紙、ソーニャの自己犠牲的精神、3-1-8 アンドレイ公爵がナターシャと結婚すれば、マリアはロストフと結婚できないのか。愉楽村での記憶、 ソーニャの自己犠牲的精神?
3-1-9 モスクワ、ピエール、3-1-10 民兵将校ピエール「名を言わない者」、刑場へ、ダヴー、 3-1-10 刑場、ピエールは六番目、銃殺を免れる。3-1-11 信仰は消え失せ・・・ 3-1-12 一人の小柄な男、プラトン・カラータエフ、3-1-13 プラトン・カラータエフ
3-1-14 マリヤ、ヤロスラーヴリへ、ブリエンヌ、ニコールシカ、家庭教師デサール、乳母、小間使三人、チーホン、家僕、従僕、ソーニャ、伯爵夫人、ナターシャ   3-1-15 ナターシャ、アンドレイ公爵、マリヤ、アンドレイ公爵は死んでしまうのか。 3-1-16 アンドレイ公爵、「かれ」は扉の前にやって来る。閂をかけられない。トローイツァ修道院、自分で自分を夢にみる。夢の目ざめと生の目ざめ、マリヤ、ナターシャ、ニコールシカ、伯爵夫人、ソーニャ、老伯爵、それぞれの涙。
4-2-1-7 クトゥーゾフ軍、側面行進、戦死したバグラチオン、怒って退いたバルクライ、ベニグセン、エルモーロフ、トーリ大佐、ニコライ・イワーノヴィチ、ミュラ、オルロフ・ジエニーソフ伯爵、グレーコフレ、 4-2-8-10 モスクワのナポレオン軍、掠奪、セバスチアニ将軍、ミュラ、ティエール、フェンp138
4-2-11 捕虜ピエール、プラトン・カラターエフ、子犬、ソコロフ、4-2-12 -14 処刑の時に経験した恐ろしいいく分間p150、 4-2-15 ドウトゥロフ、フランス近衛兵捕虜、ボルホヴィーチノフ、4-2-16 ボルホヴィーチノフ、ドウトゥロフ将軍アレクセイ・ペトローヴィチ、シチェルビーニン、ピョートル・ペトローヴィチ・コノヴニーツイン、トーリ、クトゥーゾフ林檎は熟したらひとりでに落ちる、カルーガ撤退、コサック兵が鹵獲品にとびかかる、フランス軍退却、
4-3-1 ,2 フランス軍の退却、糧秣の欠乏、用兵学、パルチザン戦争、 4-3-3-6 ワシリーサ、ジェニーソフ、ドーロホフ、チーホン・シチェルバートイ、コサック兵大尉ロワイスキイ、フランス軍鼓手、将校ペーチャ・ロストフ、ジェニーソフ中佐、 4-3-7 ペーチャ、ジェニーソフ ワシーリイ・フョードロヴィチ、コサック大尉、ヴアンサン・ボッス、 4-3-8-10 ジェニーソフ、ドーロホフ、ペーチャ16歳、リハーチョフ、ヴェセンニイ、 4-3-11 ジェニーソフとドーロホフが奪い返した捕虜の中には、ピエール・ベズーホフが混じっていた。 ペーチャあっけなく戦死、トルストイは甘くはない、モデルあるのか、
4-3-12 ピエール、潰走するフランス軍、4-3-13 -14 セールイ、プラトン、カラターエフ銃殺、 4-3-15 ピエール等解放、ドーロホフ、4-3-16-18 フランス軍逃走、スモレンスクへ、4-3-19 考察
4-4-1 ヤロスラーヴリ、マリヤ、ナターシャ、「完全な悦びがありえないように、完全な純粋の悲しみもありえるものではない。」p226、アルパーティチ、デサール、アンドレイ公爵亡霊、4-4-2 ドウニャーシカ、ピョートル・イリイツチ 、ペーチャの戦死の連絡、4-4-3 内部からおしあげる生活力によって、はじめて全癒する。p276、マリヤ、モスクワへ、
4-4-4 -7 潰走を追うロシア軍、クトゥーゾフ、ロシア軍の疲労、作戦への賛否、ペテルブルグ、皇帝、ラストプチン伯爵、ロリストンの講和提議、下司は下司に相応した偉大の観念p288、編み壁?p295、 4-4-8 氷点下18度、ロシア兵の苦しい状況、マケーエフ、ペトロ、プラトーフ、キセリョーフ、4-4-9 ランバール、モレール、4-4-10 フランス軍のべレジナー渡河(十一月十三日から十五日)、ベニグセン、コンスタンチン・パーヴロヴィチ大公、クトゥーゾフに対する非難、作者は擁護、チチャゴフ、十二月十一日、皇帝、トルストイ伯爵、ヴォルコンスキイ公爵、アラルクチェーエフ、
4-4-11 もはや何もすることもないクトゥーゾフ死す。
4-4-12 ピエール、オリョールへ、ペーチャ・ロストフの死、アンドレイ公爵の死、エレンの死、チェレンチイ、ワーシカ、エレン公爵令嬢、カラターエフの内部にひそんでいる神、4-4-13 フリーメーソン ヴィラールスキイ、 4-4-14 フランス人の去った後のモスクワ、ラストプチン伯爵 4-4-15 -17モスクワに帰ったピエール、ロストフ一家はコストローマ、ドルベツコーイ家、マリヤ、老伯爵の邸、老侍僕、デサール、マリヤ/ナターシャ、ニコールシカ、 4-4-18 ピエール、サヴェーリイチ老人、公爵令嬢、警視監、マリヤ、ナターシャ 4-4-20 ナターシャ、マリイ
エピローグ
第一篇
1-1 千八百十九年、ヨーロッパ情勢、アレクサンドル一世、1-2 偶然と天才 1-3 ナポレオン、1-4 パリ 
1-5 千八百十三年、ナターシャ、ベズーホフに嫁す、トルストイは結婚そのもの、結婚式については表現が淡白だ、イリヤー・アンドレーエヴィチ伯爵の死、ニコライ、ロシア軍とともにパリにいた、父の訃報に接しモスクワに戻る、ナターシャとピエールはペテルブルグ暮らし、ニコライ、千二百ルーブリの俸給で生活が苦しい、ソーニャ、1-6 公爵令嬢マリヤ冬の初めモスクワ(ロストフ家)へ、ニコライ、ソーニャ、伯爵夫人、 ブリエンヌ、1-7,8 千八百十四年秋、ニコライ、はマリヤと結婚し、妻、母とソーニャとともに禿げ山に住む、農場経営に勤しむ、屋敷は新しく建てられ、百人近い客が集まる、1-9 千八百二十年十二月五日、この年ナターシャは秋の初めから、子供たち夫と一緒に兄の家に逗留にきていた、もう子供は複数いるのか、食事のテーブル、母親、老婆ベローワ、妻、三人の子供、保姆、家庭教師、甥、その家庭教師、ソーニャ、ジェニーソフ、ナターシャ、その子供三人、その保姆、ミハイル・イワーヌイチ老人、故公爵の建築技師、マリヤ夫人はテープの端、1-10 ナターシャ、三人の娘と一人の男の子、ただ丈夫で、美しく、多産な牝、 1-11 男の子はペーチャか、1-12 ピエール、ニコーレンカ、ベローワ、1-13 ピエール、ペテルブルグで、伯爵夫人マリヤ・アレクセーエヴナ、セミョーノフスキイ連隊、アラルクチェーエフ、イワン公爵、ゴスナー、タターリノワ、アレクサンドル・ニコラーエヴィチ・ゴリーツイン公爵、、アンナ・マカーロヴナ、1-14 ニコーレンカ・ボルコンスキイ、ピエール、ニコライ、ジェニーソフ、タターリノワ、クリュドネル夫人、エカルストハウゼン、ブカチョーフ、トゥーゲントブント、1-15 ニコライとマリヤ、長男アンドリューシャ、マドモワゼル・ルイズ、ミーチャ、イリヤー・ミトロファーノヴィチ、1-16 ピエールとナターシャ、ミーチェンカ、プラトン・カラータエフ、ニコーレンカ・ボルコンスキイの寝室、ニコライ・イリイチ叔父さん、ピエール、アンドレイ公爵、デサール、
第二篇
2-1 歴史学は、権力の発現でなくして、それを形づくる原因を、研究の対象に選ばなければならる筈である。2-2 いかなる力が国民を動かしているのか。歴史家と文化史家、 2-3 兌換券、2-4 民衆の意志、2-5 家畜の群の先頭、2-6 命令者の被命令者に対する関係こそ、権力、2-7 なぜ戦争や革命はおこるのか、・・法則なのだから、2-8 自由意志と偶然、2-9 自由と必然、2-10 外界との関係の大小、2-11 時間と因果律の支配、2-12 コペルニクス
付録
『戦争と平和』について数言ついやす
『戦争と平和』、これは小説ではない、ゴーゴリの『死せる魂』、ドストエフスキーの『死の家の記録』、軍事史家の材料となる戦争描写に、虚偽、

エピローグ第二篇に書かれたトルストイの歴史観はわかりにくい。 この第四巻、古書店をかなり探したが見つからない。購入し、最後の巻まで読み通すとは限らず、バラで最後の巻は出回らないのかもしれない。この版は揃いでも出回っていない。

2018年6月30日

「戦争と平和」第三部(古書店で百円で購入したもの)
3-1-1 ナポレオン、オルデンブルグ公、メッテルニヒ、ルミャンツェフ、タレイラン、アレクサンドル帝
林檎は熟すると落ちる、何故? 
3-1-2 ナポレオン ネマン河へ、扈従、ベルティユ
3-1-3 ロシア皇帝、ヴィルナ(リトアニア)、アレクサンドル、ベニグセン伯爵の別荘、エレン、ボリース、侍従将官バラショーフ、アクチェーエフ、ポトーツカヤ伯爵夫人、ナポレオン宛ての手紙
「今ボリースは富豪として・・」P21、いつの間に誰と結婚したのか?
3-1-4 バラショーフ、フランス連隊長ユルネール、ミュラ、ダヴー元帥、3-1-6 バラショーフ、チュレンヌ伯爵、ナポレオン
3-1-7 ナポレオン宛ての陪食、デュローク、コランクール、ベルティユ、アレクサンドル帝への最後の親書
3-1-1 8 アンドレイ公爵、モルダヴィヤ派遣軍総司令官クトゥーゾフ、禿げ山、マリヤ、ブリエンヌ、家庭教師デサール、ニコールシカ
3-1-9 アンドレイ公爵、ドリッサ河畔の大本営へ、上官バルクライ・デ・トーリ(?人、ドイツ人か)、クラーギンへの憎悪は続く、第一軍バルクライ・デ・トーリ、第二軍バグラチオン、第三軍トルマーソフ、大本営幕僚長兼補給長官ヴォルコンスキイ公爵、前陸軍大臣アラクチェーエフ、古参者ベニグセン伯爵、皇太子コンスタンチン・パーブロブィチ大公、宰相ルミャンツェフ伯爵、前プロシャ大臣シュタイン、スウェーデン将軍アルムフェルト、作戦編成首脳プフール、侍従将官パウルッチ、ヴォルツォーゲン、
第一の党派、プフール、ヴォルツォーゲン、ヴィンツェンローデ、第二、バグラチオン、エルモーロフ、第三、非軍人系、アラクチェーエフ、第四、皇太子殿下、第五、バルクライ・デ・トーリ、第六、ベニグセン、第七、皇帝の側近、ニコライ・ロストフ、第八、第九、国務秘書官シシコフ、バラショーフ、アクチェーエフ
3-1-10 バルクライ、アンドレイ公爵、ベニグセン将軍、侍従武官チェルヌイショフ、アルムフェルト将軍、侍従将官ヴォルツォーゲン、プフール、3-1-11 アンドレイ公爵、パウルッチ、皇帝、ピョートル・ミハイロヴィチ・ヴォルコンスキイ公爵、若いトーリ大佐、ヴォルツォーゲン、アンドレイ軍隊付きへ
3-1-12 ナターシャの病気、バヴログラード(バブログラー ド)連隊、現在のウクライナ、トルストイの父がいた連隊(ネット)、ロストフ帰郷、大尉に昇進、スヴェンツャーヌイへ退却ドリッサへ退却、若い将校イリイン十六歳の少年、将校ドルジンスキイ、マリヤ・ゲーンリホヴナ、ラヴルーシカ 3-1-13 軍医、マリヤ・ゲーンリホヴナ、ロストフ、イリイン
3-1-14 戦場、ロストフ、イリイン、アンドレイ・セヴァンスチヤーヌイチ大尉、ロストフ、オステルマン・トルストイ伯爵
3-1-16 伯爵夫人、ナターシャ、ソーニャ、ショッス夫人、ペーチャ、ピエール、愉楽村知人アグラフェーナ・イワーノブナ・ベローワ、教会 3-1-18 ナターシャ、ピエール、アンドレイ・ボルコンスキイ公爵猟騎兵隊隊長に、 3-1-19 3-1-20 ペーチャ、ピョートル・キリールイチ、シンシン、ソーニャ、ナターシャ、3-1-21 皇帝モスクワ還幸、ペーチャ、ワルーエフ、オボレンスキイ、 イリヤー伯爵、スロボツコーイの三部会、客観的なピエール、イリヤー伯爵、スチェパン・スチェパーノヴィチ・アドラークシン、ロシア報知発行者グリンカ、ラストプチン伯爵、皇帝陛下、ベズーホフ、ロストフ老伯爵、ペーチャ
3-2-1 第二軍バグラチオン、第一軍バルクライ・デ・トーリ、パウルッチ、プフール、リュボミールスキイ、ブラニーツキイ、ヴローツキイ、ヴィンツェンゲローデ、ネヴェローフスキイの師団
3-2-2 ニコライ・アンドレーエヴィチ公爵、マリア、ブエリンヌ、ニコールシカ、ジュリイ、公爵令嬢アレーナ、ソフィ、ペトルーシャ、ミハイル・イワーノヴィチ、デサール、アルパーティチをウモレンスクへ
3-2-3 アンドレイ公爵の手紙、アルパーティチ、チーホン、チーシカ、 3-2-4 禿げ山(ルイシェ・ゴールイ、藤沼貴訳ではルイスイエ・ゴールイ)はスモレンスクの後方六十キロ、ネットで調べるとトルストイのモスクワの南西生地ヤースナヤ・ポリャーナを模したものらしい。次いで愉楽村(オトラードノエ、藤沼貴訳も同じ)を調べると、2-3-2 の内容からモスクワの南東リャザン州に想定されているようだ。
ヤーコフ・アルバーティチ、マリヤの代筆するデサール、スモレンスクの宿主フェラポントフ、黒馬にまたがった参謀次長アンドレイ公爵、ウスヴャーシ?、参謀長ベルグ
3-2-5 禿げ山、アルバーティチ、将校チモーヒン、バグラチオン公爵、3-2-6 ペテルブルク、アンナ・パーヴロヴナ・シェーレル(正統王党派)のサロン、エレン ルミャンツェフのフランス派サロン、ビリービン、ワシーリイ公爵、老将クトゥーゾフ 一八一二年七月二十九日公爵に、元帥に、「非常に才のある人」
3-2-7 何故ナポレオンはモスクワに、スモレンスク、ドロゴブージ、ヴァージマ?、ボロジノ?、ツァリョーヴォ・ザーイミシチェ?、ナポレオン、プラートフ軍のラヴルーシカ、ロストフ、イリイン
3-2-8 禿げ山、老公爵倒れる、死んだらどうしよう、死んだあとは自由に?/マリヤ、小間つかいドゥニョーシャ、老公爵の死、チーホン、3-2-9 ボクチャーロヴォ村、アルバーティチ、百姓カルプ、差配ドローヌシカ、ドローン、3-2-10 マリヤ、アルバーティチ、ブリエンヌ(アマリア・カールロヴナ)、建築技師ミハイル、ドローヌシカ、3-2-13 ロストフ、イリイン、ラヴルーシカ、ヤンコヴォ?、ドゥニャーシャー、アルバーティチ、ドローン、マリヤ、ワーシカ、カルプ、
3-2-15 ツァリョーヴォ・ザーイミシチェ?
3-2-16 「・・総司令官でもなく、単に父親だとうこと忘れないでくれ・・」「やつらに馬肉を食わせてやる」
3-2-17 モスクワ、ラストプチんのびら、シンシン、ベズーホフ、ジュリイ・ドルベツカーヤ、ニージニイ?、ピエール、ロストフ家の…人たち、
「いや、そうでしょう、そうでしょう。もっと布を下さい。」p279???
カチーシャ、ボルコンスカヤ公爵令嬢
3-2-18 ピエール、抱え御者エフスターフィエヴィチ、→ペルフーシュコヴォ→モジャイスク→ 3-2-19 ボロジノの戦い、地図p297
3-2-20 ピエール、軍医、 3-2-21 ピエール、軍へ、ボロジノ、ワル―エワ村、コローチャ河、セミョーノフスコエ、イーヴェリの聖母、フロック姿のクトゥーゾフ、ベニグセン
3ー2ー20 ピエール、ボリース・ドルベツコーイ、ドミートリイ・セルゲーイチ、カイサーロフ(バイーシイ・セルゲーイチ)、クトゥーゾ、アンドレイ・セルゲーエヴィチ・カイサーロフ 3-2-23 ベニグセン、ピエール  3-2-24 アンドレイ公爵、クニャジコーヴォ村、チモーヒン大尉、ピエール 3-2-25 アンドレイ公爵、ピエール、チモーヒン、ヴォルツォーゲン、クラウゼヴィッツ、モジャイスクの丘、ウェストファリア人、ヘッセン人、ゴールキへ 
「戦争とは、殺人、間諜、裏切り、強奪窃盗・・・懶惰、無知、残忍、放らつ、飲酒・・・」p333 
3-2-26 ボロジノ会戦前日、ナポレオン陣営、ムシッュウ・ド・ポセ、ファヴィエ大佐、「・・イタリア人特有の才能をもったナポレオン・・」ナポレオンはイタリア人だったのか。 3-2-27 ナポレオン軍の作戦と現実、ボニャトフスキ、カンバン将軍、副王  3-2-28 作戦の史家の見解、鼻カタル 3-2-29 攻撃の朝までのナポレオン「明日われわれはクトゥーゾフと戦うのだ。」、鼻カタル、ポセ、ラップ、シェワールジノ村へ?
3-2-30 ピエール、クトゥーゾフ、将官 3-2-31 白い帽子のピエール、ラエーフスキイづき副官、3-2-32 戦場を彷徨うピエール、エルモーロフ?、フランス将校と組み合う、3--2-33 戦況、ナポレオン、3-2-34 ナポリダヴー、ネー、ミュラ、「・・いつも必ず勝ってばかりいた幸運な博奕うちが、勝負のありとあらゆる道筋を、すっかり考えぬいてかかった時に限って、工夫すれば工夫するだけ、自分の敗戦の確かなことを突如として感じるーー」 
3--2-35 クトゥーゾフ、バグラチオン公爵負傷、ピョートル・イワーノヴィチ公爵、ヴェルテンベルク大公、ドフトゥロフ、ミュラを捕虜、シチェルビーニン、エルモーロフ侍従武官ヴォルツォーゲン、ラエーフスキイ、カイサローフ、 「自分の信じたい風雪を軍の最高幹部から裏書きときされた、一同は急に慰安を感じ?、?・・」
3-2-36 八月二十五日(3-2-24)、 連隊長アンドレイ公爵負傷、チモーヒン、苦蓬 3-2-37 包帯所
3-2-38 ナポレオン軍四十万中フランス語を語るもの十四万人、 3-3-1 「人間の自由意志の総和が、革命とナポレオンを生み出したのであり、」、3-3-2 戦争分析、ロシア軍はモスクワの後方、フランス軍モスクワに五週間滞在後戦闘もなしに退却。露軍は退却が解決だったか。3-3-3 ボクロンナヤの丘、モスクワを守るべきか、クトゥーゾフ、エルモーロフ、ラストプチン伯爵、ベニグセン、3-3-4 百姓アンドレイ・サヴォスチヤーノフの小屋、フィリか、六才のマラーシャ、クトゥーゾフお爺さん、副官カイサローフ、エルモーロフ、バルクライ・デ・トーリ、ウワーロフ、ドフトゥロフ、ラエーフスキイ、コノヴニーツイン、ベニグセン、クトゥーゾフ、「退却を命ずる。」
3-3-5 モスクワのラストプチン伯爵、婦人服屋オペール・シャルメ居住許可、郵便局長クリュチャリョーフ、3-3-6 ヴィルナからペテルブルクに帰ったエレン、一人の大官、若い外国の大公、イエズス会士ムッシュウ・ド・ジョペール、3-3-7 エレンの離婚と再婚、マリヤ・ドミートリエヴナ・アフローシモワ、エレンの親友ビリービン、エレンはN・Nと結婚しようとボロジノのピエールに手紙を出す。
3-3-8 ボロジノの戦い終わり頃、ピエール、モジャイスクを目指す。三人の兵士、
3-3-9 ピエール、ラエーフスキイ砲台→クニャジコーヴォ包帯所→モジャイスク大街道
夢、

義兄とアンドレイ公爵の死を知った。p453、エッ、アンドレイは死んでしまったのか、3-2-37では死んではいなかった。義兄、アナトーリだ、包帯所に一緒にいた。
3-3-10 ピエール三十日にモスクワに帰る。
ラストプチン伯爵、ワシーリチコフ、プラートフ、 「公爵閣下(クトゥーゾフ)・・・以前は片眼を病んでいたが・・」「それは伯爵にものもらいができていたのです。」p456?
「宣伝書」?、
3-3-11 ラストプチン伯爵、ピエールにモスクワ退去を勧告、郵便局長クリュチャリョーフの罪状「ナポレオンの宣伝書」、ピエール、モスクワ退去、
3-3-12 ロストフ家、十六才の将校ペーチャ、ナターシャ、ソーニャ、八月二十日頃からロストフ家の知人モスクワ退去、ロストフ家九月一日土曜日退去、イリヤー・アンドレーエヴィチ伯爵、3-3-13 八月三十一ロストフ家の混乱、ナターシャ、ソーニャ、ドゥニャーシャ、もと女中頭マーヴラ・クジミーニシナ、3-3-14 マダム・ショッス、ナターシャ、ソーニャ、アンドレイ・ボルコンスキイ公爵、3-3-15 モスクワ最後の日日曜日、ロストフ家三十台の荷馬車、イリヤー・アンドレーエヴィチ伯爵、ワシリーチ、憲兵隊長マトリョーナ・チモフェーヴナ、何とかヴィナって女じゃなかった?、マリヤ・カールロヴナ(ショッス夫人)、お向かいのロプーヒンさん、3-3-16 ベルグ大佐ベーラの婿、ナターシャからソーニャ、ミーチェンカ?、ペーチャ、ワシーリチ、荷馬車は負傷兵に貸す。3-3-17 ロストフ家四台の荷馬車でモスクワwl去る。怪我したアンドレイ公爵の荷馬車、伯爵、ぺーチャ、ショッス夫人、マーヴラ・クジミーニシナ、ワシリーチ、マーヴラとワシーリチは残る。ドゥニャーシャ、御者エフィーム老人、「ベズーホフさんよ!」、ピョートル・キリーロヴィチ、
ピエール、I・A・バズジェーエフの未亡人からの使い、ヨシフ・アレクセーエヴィチ、ゲラーシム、ソフィア・ダニーロヴナ、マカール・アレクセーエヴィチ、
3-3-19 九月一日夜、クトゥーゾフ「モスクワを通過してリャザン街道ヘ退却せよ!」、ナポレオン ポクロンナヤの丘からモスクワを望む。
通訳官ルロルム・ディドヴィーユ、
3-3-20 その時モスクワは空であった。 3-3-21 軍隊は夜の二時から翌日の二時までモスクワを通りぬけていた。(九月二日の明け方からか?)、ものを盗るロシア兵士、イワン・シードルイチ、エルモーロフ将軍 3-3-22 ロストフ家屋敷番イグナートとワシーリチの孫ミーシャ、マーヴラ・クジミーニシナ、 3-3-23 ワルワールカ通りの居酒屋、八月三十一日付のびら、竜騎兵、3-3-24 クトゥーゾフとラストプチン、 3-3-25 ラストプチン、ヴェレシチャーギンの死、フョードル・ワシーリエヴィチ・ラストプチン、
3-3-26 ミュラ、ナポリ王・モスクワへ、略奪、モスクワ炎上、
3-3-27 ピエール、フリーメーソン、マカール・アレクセーヴィチ、ゲラーシム、 3-3-28 マカール・アレクセーヴィチ、ピストル、 3-3-29 ピエール、仏ランバール大尉、「ナターシャ」、

両手を頭にかいながらP573、新訳では?手を頭に当てて(藤沼貴訳)、うなだれて、両手で頭をかかえていた。(工藤精一郎訳)
3-3-30 ロストフ家モスクワから二十キロの大ムイチーシチ村、ラエーフスキイの副官、モスクワ炎上を遠望、伯爵お付きダニーロ・チェレンチィチ老人、 3-3-31 伯爵夫人、ソーニャ、ショッス夫人、ナターシャ、深傷のアンドレイ公爵、床几ふせってp589?床几は椅子ではないのか、チモーヒン、軍医と従僕、

3-3-32 アンドレイ公爵、ボロジノの包帯所で我に返ってから七日目、夢か現かの状態、軍医、チモーヒン、ナターシャへの拒絶の残忍さ、「愛」の思想に目覚める、「神」はラスコルニコフにも係る。ナターシャ現る。
3-3-33 一方ピエールは、短剣、マリヤ・ニコラーエヴナ、アニースカ、カーチェチカ、フランス人の強奪、カーチェチカ救ける。 3-3-34 ピエール、アンフェーロフ、マリヤ・ニコラーエヴナ、イワーノフ、フランス兵に捕まる。

2018年6月7日

「戦争と平和」第二部(古書店で二百円で購入した本、別個に、たまたま第一部文庫の初 版が三百十円で売っていたので購入。)
2--1-1〜、ロストフ帰国ジェニーソフ(ワーシャ) と共に、ドミートリイ従僕、馬車屋ザハール、 ソーニャ、ナターシャ・・、グリューシカ?ジェニーソフの従卒?、ニコライ軽騎兵中尉、ミハイロ老人、プロコーフィお供まわり、「ナターシャ・・十五くらいの女の子・・」p20
2-1-2〜、バグラチオン公爵(シェングラーベンの戦闘、アウステルリッツの退却で有名)歓迎のためのイギリスクラブでの何千ルーブリの晩餐会、支配人ミーチェンカ、庭師マクシームカ、コック長フェオクチスト、馭者イ パートカ、ジプシーのイリューシュカ、
あくる三月三日、午後一時すぎ、二百五十人のイギリス・倶楽部会員と五百人の来賓が、
ラストプチン伯爵、ユーリイ・ブラジーミロヴィチ・ドルゴルーキイ公爵、ワルーエフ、マルコフ公爵、ヴャーゼムスキイ公爵など、
ジェニーソフ、ロストフ、ドーロホフ、ネスヴィーツキイはクラブの古い会員、
ラストプチン伯爵、ワルーエフ、ナルイシュキン/ナルイシュキン、スヴォーロフ、シンシン
イリヤー・ロストフ、ニコライ、ドーロホフ、ワシーリイ・イグナーチッチ、バグラチン、ベクレショフモスクワ総督、フョードル・ウワーロフ、
食堂へ
「「皇帝陛下万歳ーウラー!」と叫んで、グラスを一息に飲み干すと、いきなりそれを床へ叩きつけた。」p36、映画でこのシーンを覚えている。
2-1-5 決闘(五十年以上前に観た映画で、このシーンもなんとなく覚えている)。 ピエールとドーロホフの決闘、ロストフ、ドーロホフの介添人、ピエールの介添人ネスヴィーツキイ、立会人ジェニーソフ、
2-1-7 禿げ山、マリヤ、リーザ、コックのフォカ、マリヤ・ボクダーノヴナ(産婆)、チーホン、 プラスコーヴィア・サーヴィシュナ(乳母)、 フィリップ(侍僕)、執事ジェミヤン、
アンドレイ公爵の帰還。p68 リーザの死p71
2-1-10 ドーロホフ(フェージャ)の家、その母マリヤ・イワーノブナ
モスクワ、ロストフ家、ロストフ、ソーニャ十六歳、ヴェーラ二十歳、ナターシャ、ドーロホフ、ジェニーソフ
こんなに若い人達なのか。
2-1-12 舞踏教師ヨゲール、ニコライ、ソーニャ、ナターシャ、ジェニーソフ
2-1-13 ホテルでトランプ、 ロストフ、ドーロホフ
2-2-1ー4 ピエール、ペテルブルグへ
フリーメーソン、オーシップ・アレクセーエヴィッチ・バズジェーエフ(フリーメーソンの男)、ヴィラールスキイ伯爵、スモリヤニーノフ(リートル(求むる人))、棟梁、
2-2-6 アンナ・シェーレルの夜会、ワシーリイ侯爵、エレン、モルトマール子爵、イッポリート公爵、ボリーフ・ドルベツコーイ、クルーク(コペンハーゲンの代理公使)、「ペテルブルグを愛しモスクワを軽蔑」p150、
2-2-8 禿げ山、ボルコンスキイ老公爵、アンドレイ公爵(民兵募集、ボグチャーロヴォ在住)、マリヤ令嬢、ニコライ小公爵、老婢サーヴィシュナ、小間使いペトルーシャ、カルル・イワーヌイチ、
2-2-9 ビリービンの手紙
2-2-10 ピエール、キーエフ県へ
2-2-11 ピエール、ボグチャーロヴォ村へ 、ボルコンスキイとの対話、2-2-12 二人禿げ山へ、マリヤ、若い巡礼イワーヌシカ、老婆ペラゲーヤ、老公爵
2-2-15 フリートラントの会戦、ロストフ、パヴログラード連隊へ、老軽騎兵ジェニーソフ(ロストフの上司、中隊長)、曹長トプチェーエンコ、ラブルーシカ(ジェニーソフの従僕)、プラートフ(連隊長?)
2-2-17 病院、ジェニーソフ少佐、2-2-18 片手のない小柄なトゥーシン、「トゥーシンが・・「・・ジェニーソフ君・・」」p225、
2-2-19 ロストフ、ティルジットへ、ボリース、ナポレオン、アレクサンドル陛下、ジリンスキイ伯爵(金持ちのポーランド人)、 ロストフの前師団長、調馬師エネー、 アレクサンドル帝とナポレオン、大隊長コズローフスキイ、ラーザレフ、ナポレオンの小姓、フリートラントの戦闘、
2-3-1 禿げ山、アンドレイ公爵、侍僕ピュートル、「楢の木」、貴族団長イリヤー・アンドレーエヴィッチ・ロストフ、 一八〇九年、イリヤー・ロストフは愉楽村、ソーニャ、
『いや、人生は参拾壱やそこいらで終わる物じゃない。』アンドレイ公爵は三十一歳か。
2-3-3 「リーザは・・夫にむかってあのおそろしい言葉(「わたしは恐ろしい、わたしは恐ろしい!」第一部P51)」p258
2-3-4 一八〇九年、アンドレイ公爵ペテルブルグに着く、スペランスキイ伯爵、アラクチェーエフ将軍(シーラ・アンドレーエヴィッチ)、ボルコンスキイ、操典制定委員会、アラクチェーエフ伯爵、平和的戦闘の総司令官スペランスキイ、コチュベイ伯爵、ブリャーニチニコフ、マグニーツキイ
2-3-7 一八〇八年ペテルブルグに帰ったピエール、ヨシフ・バズジェーエフ、外国旅行、一八〇八年夏ペテルブルグ、ワシーリィ侯爵夫人、日記モスクワ十一月十七日、ペテルブルグ十一月二十三日、十一月二十四日リートル役、十二月三日バズジェーエフ
2-3-11 ロストフ家ペテルブルグへ、モスクワのロストフ家もペテルブルグでは田舎物p298、女官ペロンスカヤ、ピエール、ボリース、ベルグ中、Finland戦争、アウステリッツ戦、大尉ベルグのヴェーラへの結婚式申し込み、持参金
2-3-12 ナターシャ・十六歳、一八〇九年、ボリース(ボーリャ)、
2-3-14 1809年十二月三十一日、舞踏会、マリヤ・イグナーチェブナ・ペロンスカヤ、そーにゃ、ナターシャ・、伯爵夫人、小間使いマブルーシャ、 2-3-15 ナターシャ、ロストフ、ペロンスカヤ、(オランダ公使、ベズーホワ伯爵夫人(ペテルブルグの女王)、アナトーリ・クラーギン、ドルベツコーイ、フランス公使(コランクール)、マリア・アントーノブナ、ピエール案山子)、ボルコンスキイ、皇帝、主人夫妻、主人公とナルイシュキナ夫人、 各国公使、各大臣、将軍、ソーニャ、ボリース、ベルグ夫妻、アンドレイ公爵(騎兵大佐)、フィルゴフ男爵、ピエール、ロストーワ伯爵夫人、エレン
ベズーホフ
アンドレイ、ロストーワ、ビーツキイ、小委員会晩餐会、スペランスキイ、娘、家庭教師、ジェルヴェー、マグニーツキイ
2-3-19 アドルフ・ベルグ大佐夫妻の夜会、ピエール、ボリース、ロストフ伯爵、将軍、大佐、ナターシャ、ソーニャ、
2-3-22 ロストフ家、アンドレイ公爵、ナターシャ。ピエールの部屋。伯爵夫人エレン・ベズーホワの夜会、ピエール、アンドレイ公爵、ナターシャ(ピエールの被保護人)
2-3-23 アンドレイ公爵父のもとへ。ロストフ家、アンドレイ公爵、ナターシャ、ナターリヤ(ナターシャの本名か)、2-3-24 ロストフ家、アンドレイ公爵、ナターシャ、ソーニャ、ピエール、ナタリイ、ソフィア
2-3-26 スイスからのマリア宛てのアンドレイの手紙、ニコールシカ、ブリエンカ、放浪者フェドーシユシュカ、ココー
2-4-1 ニコライの帰省、ジェニーソフの従僕ラブルーシカ、ポーランドの伯爵ゴルホーフスキイ、パンナ・プシャジェーツカ、バーソフ少尉
クレメンチューダからキーエフへ
ドジョイヴェイカ曹長、
愉楽村、ペーチャ十四歳、ナターシャ、アンドレイ公爵の手紙、ミーチェンカ、
槲の森(ドブラーワ)
猟犬の仕付け役兼監督者ダニーロ、長補祭(?)p395、
2-4-4 追犬は総体で五十四匹・・六人の猟犬監督と追犬係・・ボルゾイ犬係は主人側を除いて八人・・その後から、四十匹以上のボルゾイ犬で、主人親子の持ち犬を合わせておよそ百三十匹の犬と二十人の騎馬の勢子・・p398
おじさん、ギルチック、イラーギン、ニコライ、ナターシャ、ペーチャ、ミハイロ、
『・・トルニーラは犬じゃなくって、追犬(ゴンチイ)じゃないか。』p400
ニコーレンカ、老伯爵、侍僕セミョーン・チェクマーリ、男の道化ナスターシヤ・イワーノブナ、ニコラーシャ、チェクマオーリ、
2-4-6 イラーギンの猟師とイワン、ミハイル・ニカノールイチーおじさん、
2-4-7 「アリンカ、ごらん、t横向きに乗ってるよ!・・」p424、家事取締りアニーシャ・フョードロヴナ、ミーチカ、
貴族にとって狩猟は捕らえる獲物は重要でなく、どう捕らえるかが娯楽になるのだ。ドストエフスキーは貴族が子供を猟犬に襲わせるのを書いていた。
2-4-8 イリヤー伯爵貴族団長を辞す、フォーゲル一家、おばあさんのベローワ、ペーチャの教師、もとの家庭教師、
2-4-9 降誕祭週間、零下20℃、コンドラーチェビナ、マヴルーシャ、ニキータ、ミーシャ、フョードル、フォーカ、ナスターシヤ、ソーニャ、ポーリャ、ジムレル(エドゥアルド・カールロヴィチ)、イリヤー伯爵とミーチェンカ、
「仮装行列式」、メリュコーワ、パシェータ、ショッス夫人、ジムレル夫婦、ザハール、 2-5-1 老伯爵、ソーニャ、ナターシャモスクワへ
ピエール(ペテルブルグからモスクワに)、バズジェーエフ氏の死去、三人の公爵令嬢(?)p479、アポロン・ニコラーエヴィチ、酒と読書のピエール
2-5-2 ニコライ・ボルコンスキイ公爵娘と共にモスクワに出て来た。マリア、ブリエンヌ、ジュリイ、ニコールシカ六歳、 アマーリヤ・エヴゲーニエヴナ(ブリエンヌ)、フランス人医師メティヴィィエ、老公爵の食事会(ラストプチン伯爵、ロブーヒン公爵、その甥、チャトロフ将軍、ピエール、ボーリス・ドルベツコーイ)、オルデンブルグ事件、
マリヤ、ドルベツコーイ、ピエール、2-5-5 ボリース、ジュリイ二十七歳カラーギン家、婚約、マリヤ、p506の詩まったくわからん、
2-5-6 ロストフ家、モスクワのアフローシモア邸に着く。一人暮らしのマリヤ・ドミートリエヴナ・アフローシモワ、ソーニュシカ、ナターシャ、シンシン、マーシェンカ、マーシャ、2-5-7 ボルコンスキイ公爵訪問、マリヤ、ブリエンヌ、
2-5-8 オペラ鑑賞、ナターシャ、ソーニャ、アレーニナ、ミハイル・キリールイチ、ドルベッカーヤ、カラーギナ、ボリース、ジュリイ、シンシン、イリヤー伯爵、ベズーホワ伯爵夫人エレン、アナトーリ・クラーギン、ナターリヤ、
2-5-11 アナトーリ、ドーロホフ、
不縹緻者p541、縹緻、前にも出てきて、?だった。大字典には載ってないが、縹は浅青色、緻は精密な。他の翻訳はどうなっているのだろう。
2-5-12 マリヤ・ドミートリエヴナとアフローシモワの使い分け?、ナターシャ、 シャリメ夫人の店の女デザイナー、エレン、
2-5-13 エレンの夜会、イリヤー伯爵、ナターシャ、ジョルジュ、アナトーリ、ナタリイ、
2-5-16 ロストーワ誘拐計画、アナトーリ、ドーロホフ、官吏あがりフヴォースチコフ、退役軽騎兵マカーリン、駆者バラーガ、
ーナターシャはどうなってしまうんだろう、不安と期待をもたらす小説である。
二時間二十五ルーブリずつ要求p575
2-5-17 アナトーリ、ドーロホフ(フェージカ)、マカーリン、バラーガ、ジョセフ、侍僕イグナートカ、ジプシーの女マトリョーシカ、ガヴリーラ
2-5-18 マリヤ・ドミートリエヴナ、ナターシャ、ソーニャ、19 ピエール、モスクワへ、アフローシモア家、ナターリヤ・イリーニシナ、ピエール、20 ピエール、ミハイル・ザハールイチ公爵、エレン、アナトーリ、21 クラーギンのモスクワ追放、22 ピエール、ロストフ親子、ひときわ目立つ一八一二年の巨大なまぶしい彗星が・・・p610

2018年5月20日

「戦争と平和」 第一部第一編
1、2、3,4
登場人物が多く、ロシア人の名前は数が少なく、同じような名前が現れ、こちらも記憶力が弱く混乱してしまう。更に愛称で呼ぶときが、フランス語で呼ぶときまである。
女官アンナ・パーヴロヴナ・シェーレルの夜会、ドストエフスキーに比べるとはるかにパーティーの雰囲気が違う。やはりトルストイは貴族出身。
登場人物、 ワシーリィ・クラーギン公爵(バジール)、モルトマール子爵、モリオ僧正、リーザ(ボルコンスキーの若夫人 リーズ)、イッポリート、ピエール、エレン(ワシーリィの嫁)、ドルベッカーヤ公爵夫人(アンナ・ミハイロヴィナ)、(ジョルジュ嬢パリ)
1-1-5 アンドレイ侯爵邸
1-1-6 アナトーリ邸でのドーロフの賭け。ピエール(ペトルーシャ)、アナトーリ・クラーギン、スチーヴンス(イギリス人)、ドーロフ、ヤーコフ、ミーシェカ(熊)
1-1-7 ロストフ家(モスクワ)、ナターリヤ、ドルベッカーヤ、ドミートリイ・ワシーリエヴィィチ、カラーギナ、エリー(イリヤー)、ナターシャ、青年士官ボリース(ニコライと同年齢)、大学生ニコライ(トルストイの父がモデル)、ソーニャ十五歳、ペトルーシカ、シューベルト大佐、ジュリイ(カラーギナ夫人の令嬢)、ヴェーラ、アンナ・ミハイロヴィナ
1-1-12 ベズーホフ伯爵家、その臨終、キリールブラジーミロヴィチ・ベズーホフ伯爵、ドルベッカーヤ夫人親子、医師ロラン、アンナ・ミハイロヴィナ、ナターリヤ・シンシナと結婚式したイリヤー・ロストフ
ピエール、オリガ、ボリース、ミーチェンカ(ドミートリイ・ワシーリエヴィィチ)
1-1-15 ロストフ家、マリヤ・ドミートリエブナ(トルストイの母がモデル)・アフローシモワ、シンシン(伯爵夫人の従兄にあたる老寡夫)、ベルグ中尉(セミノフスキー連隊)、ピュートル・ニコライッチ(シンシン)、ヴェーラ、ピエール、ボリース、ニコライ、ジュリイ・カラーギナ、ナターシャ、ソーニャ
1-1-18 ベズーホフ伯爵、ロラン医師、ワシーリィ公爵、カテリーナ・セミョーノヴナ(カチーシ)(マーモント家の三人姉妹の一人) 、ドミートリイ・オヌークリチ(抱えの弁護士)、ソフィア、ドルベッカーヤ夫人、アンナ・ミハイロヴィナ
1-1-22 禿げ山、ニコライ・アンドレーエヴィッチ・ボルコンスキイ、マリヤ(マーシャ)、ブリエンヌ、ミハイロ・イワーヌイチ(建築技師)、チーホン、アンドレイ公爵(アンドリューシャ)、リーザ
アンドレイ公爵、軍隊に出発。
1-2-1 ブラウナウ戦場、クトゥーゾフ総司令官、ミハイロ・ミートリチ大隊長、フェルディナンド大公、マック将軍、降格したドーロホフ(降等)、ボルコンスキイ公爵、ネスヴィーツキイ公爵大佐、チモーヒン大尉(クトゥーゾフの友達)、ジョルコフ少尉補、コズローフスキイ(副官仲間)、中隊長ジュニーソワ大尉(ワーシカ・ジェニーソフ、ワーシャ)、ボンダレンコ伝令、ロストフ見習士官(ニコライ・ロストフ)、ラヴルーシカ(ジュニーソフの従卒)、チェリャーニン中尉、ミローノフ実見習士官、キルステン2等大尉、カルル・ボグダーノヴィチ・シューベルト連隊長、ボグダーヌイチ
1805年戦役略図p265
1-2-9 勝利、オーストリア皇帝へ

クトゥーゾフ、アンドレイ、オーストリア将軍シュミット、ビリービン(ロシア外交官)、イッポリート・クラーギン公爵(公使館付き書記官) 、フランツ皇帝、フランツ(ビリービンの下男)、シュラ
1-2-13 クレムス、ボルコンスキイ、ネスヴィーツキイ、クトゥーゾフ/バグラチオン公爵/ヴァイローター(オーストリア、シュミットの後任)、コズロフーフスキイ、ヴィンツェンゲローデ将軍(クトゥーゾフの属僚侍従武官)、「ナポレオンの手紙」p331、 トウーシン二等大尉、シードロフ、ドーロホフ、イワン・ルキッチ中隊長、トゥーシン、ルマロア(仏)、ジュルコフ幕僚将校、ランヌ(仏)、ジュニーソフ、グラーチック、ニキチェンコ兵、バンダルチューク軽騎兵、チモーヒン、エコノーモフ少佐、ドーロホフ
「シェングラーベンの村」
1-3-1 「一八〇五年から千八百六年へわたる冬の初めに、ピエールボリースはアンナ・パーヴロヴナから、例のばら色の招待状を受けとった。」P391
1-3-1 「・・意識下の感情が、彼の決断力を痺れさせたのである。」p402
1-3-3 禿の山、ニコライ・アンドレーエヴィッチ・ボルコンスキイ公爵、マリイ(マリヤ)、ワシリー公爵クラーキン、チーホン、アルバーティチ支配人、ブリエンヌ(フランス人、ブリエンカ)、アナトーリ・クラーギン、小間使いマーシャ、リーザ(アンドレイの嫁)、小間使いカーチャ
1-3-6 ロストフ家、ニコールシカの手紙、アンナ、ナターシャ、ソーニャ、ペーチャ
1-3-7 閲兵式、ニコライ・ロストフ(軽騎兵少尉補に昇進)、カロリーナ(ハンガリー女)、ボリース、ベルグ中隊長(アリフォンヌ・カールロヴィチ)、老僕カヴリーラ、アンドレイ・ボルコンスキイ、皇帝(アレクサンドル一世)、ドルゴーロフ公爵、ボナパルト、マルコフ、アダム・チャルトリーシュスキイ外務大臣
1-3-8 「全ての将官も兵卒も、この人間の海の中に入ったら砂つぶと同じだと、・・」p471
1-3-10 バグラチオン、ドルゴルーコフ両将軍、ニコライ・ロストフ、ジェニーソフ、フランス兵捕虜、皇帝(負傷兵を眺めるp491)、「アウステルッツの戦い(三帝会戦の敗北) 」、アンドレイ公爵、クトゥーゾフ、トルストイビリービンヴァイローター、ブクスゲブデン、ミロラードヴィッチ、ブリジェブシェーフスキイ、バフトゥロフ、ランシェロン、アンドレイ、ネスヴィーツキイ、チート料理人、フェチンコ下士官、バグラチオン、「ナポレオンの命令」p517
1-3-15 クトゥーゾフ、アンドレイ、フランツ帝、ノボシーリツォフ、ネスヴィーツキイ、ロストフ、ボリーフ、ベルグ中、チート、プルジェイシューフスキイ降伏す、ドーロフ(将校になっている)、ナポレオン、アンドレイ公爵、ランヌ元帥(仏)、レプニン公爵(大佐)、スフチレン
アンドレイ負傷p558
「時計のメカニズムと同じく軍事のメカニズムにおいても、・・」P495

意味もなく曖昧なまま登場人物を羅列した。
伯爵と公爵はどのような違いがあるのか、当時のルーブルは現代ではどのくらいになるのか、これらはドストエフスキーを読んでいた時の疑問でもあるが、戦争と平和では、軍隊の構成がわかりにくいし、登場人物の軍隊での位も曖昧である。爵位の方が価値を持つのか、これらをチェックしてから、第二巻に入りたい。
ちなみにトルストイは伯爵家の四男(Wikipedia)。

ネットをチェックすると詳しく調べた方がいて「《雑記》 ドストエフスキーの世界」(http://www.a-saida.jp/russ/imperija/dostojevskii.htm)では1ルーブル、2200〜2700円としている。読んでいて1000円くらいと感じていたが。「たくさんいるんですのよ、あなた、五百ルーブリいるんですの。」p112、「・・そのうえ軍装に必要な六千ルーブリの金と、・・」p456
トルストイ作品にはドストエフスキーのような細かいお金の話はほとんど出てこない。
第一部末に解説があり、この作品にはモデルとしてトルストイの両親の家族が色濃く反映されていると記載されている。「この作品が発表されたり当時、四方から−−−とくにナポレオン戦争に参加した武官から、烈しい非難攻撃の狼火があがった。」p577
また、同じ末に「内容目次」があり、これを読むことにより、読んできことが整理できる。

総司令部、近衛師団、連隊、大隊、中隊、騎兵師団、軽騎兵隊、本部、歩兵中隊、歩兵隊

2018年5月1日

 「戦争と平和」(米川正夫訳)を読み始める。岩波文庫一九八四年発行改版第二部第三部 を古書店で百円二百円で購入したので 、改版第一部を図書館から借りて読む。
2018年4月30日

 岩波現代文庫「村山富市回顧録」(二〇一八年発行、単行本は二〇一二年)を読む。
村山富市が自社さ政権の総理に就任したことにより、社会党がダメになったと考えてい、村山はどう考えているのか、実体はどうだったのか関心があるわけである。
回顧録とはなっているが、薬師寺克行氏によるインタビューである。 村山はTV等で見られるように、穏やかな人柄で、権力への野望は感じられない。
社会党の縮小は総理に就任する前から前兆があり、山花、赤松の民主党への参加、協会派の存在、労組依存体質。
基本的には労組の支持が民主党に回ったことによる低落である。
自民党の社会党潰しキャンペーン、「何でも反対社会党」「自民国対から金を貰っている」・・・あったなあ。
しかし、浜田幸一、あんな下品な政治家、よくいたものだ。

2018年4月24日

「革命の想像力 トロツキーの芸術論」杉村昌明/金井毅訳柘植書房一九七八年刊
第一部文学と革命 ソビエト革命と文学ー『文学と革命』より/階級と芸術ー党の文芸政策について
第二部作家・作品論ートルストイからセリーヌまで 詩人・反逆者としてのトルストイ/ トルストイの死/フランス労働者階級の戯曲ーマルセルーマルチネ『夜』/亡きセルゲイ・エセーニンに捧ぐ/伝記作家・歴史家としてのチャーチル/マヤコフスキーの自殺/絞め殺された革命ーアンドレ・マルローの『征服者』/セリーヌとポアンカレー小説家として政治家/シローネの『フォンタマーラ』/批評的点描/マクシム・ゴーリキー/ジャック・ロンドンの『鉄のかかと』/瞠目すべき処女小説ージャン・マラケの『ジャワ人』
第三部自由な革命的芸術のために 社会主義・意識・文化ー『文化と社会主義』より/歴史的客観性と芸術的真実/文化とソビエト官僚主義/『パーチザン・レビュー」の未来ードワイド・マクドナルドへの手紙/われわれの時代の芸術と政治/芸術家の独立についてードアンドレ・ブルトンへの手紙/自由な革命的芸術のためにー独立革命芸術国際連盟結成に向けたマニフェスト(・・知的創造を発展させるためには、個人に自由を与える無政府主義的制度を最初に制定する必要がある。)
編訳注/訳者あとがき

トロツキーはドストエフスキーにどう考えていたのだろうかと関心があった。
「詩人・反逆者としてのトルストイ」に「トルストイの文体は・・・・・また鋭い、ざらざらした、息をつまらせるような文体をもつドストエフスキーからも遠く隔たっている。」と書いている

2018年4月20日

 カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」(日の名残り同様、ハヤカワepi文庫)を読む。
前に読んだ「日の名残り」との関連を含めてイシグロの作風もわかるだろう、メディアで紹介されてはいるが。
中扉、ローナとナオミに、(妻と娘に)
女性の独白体、今時独白体というんだろうか、カタカナ語がありそうだ。
女性が独白体で記憶を辿る。
はっきりいって少女小説の感あり。
わたしはキャシー、愛称はキャス、現在介護人 。
「提供者」「四度目の提供」p9「ヘルシャーム」p10、ノーベル賞受賞時、TVで紹介され予備知識があったが、なんら予備知識なしで読み始めるたら、なんだなんだとイライラ感に覆われてしまうだろう。
「ジュディ・・ありふれた歌手・・テープの三曲目に「わたしを離さないで」があったからです。」p110
「ヘールシャムでの最後の数年間、十三歳から十六歳で巣立つ・・」p121
「あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか・・・」p127
「セックスしておかないと、将来、よい提供者になれない・・」p150
「トマス・ハーディとか、そういう作家のものもは読むだけ無駄です。」p153
「・・ウォークマンで音楽を聞く・・」p159、回想するのはウォークマンの時代か。
「コテージ」p177
「・・多くがテレビ番組の真似・・」p186、現代日本も。
「赤ちゃんができない・・」p196、不妊手術をしたわけか、最近新聞では優生保護法の強制不妊手術が問題になっている。
「ポシブル」p213
介護人を終えて提供者になる、何回かの帝京の後、生命を終える。

臓器提供用のクローン人間の小説化、所謂SFではない。構想力には驚く。
国のために死ぬことを名誉と考えていた時代、主君のためには切腹するものと幼児より切腹を学んでいた時代、それを考えれば臓器提供を運命と考えるのもとんでもない空想ではない。
むしろ、「思い込み」を批判する小説であろうか。
別な意味で「生命の軽さ」を批判する小説であろうか、「生命の軽さ」が描かれ、読んでいて気分が悪くなる。

生命の期限が定められた臓器提供者たち、その不安が強く描かれていないことが逆に気分の悪くなる要因である。
期限が定められたような老人のわたし、共鳴できる内容かと思ったがそうではなかった。

2018年4月15日

ナボコフ「賜物」大津栄一郎訳福武書店一九九二年二月印刷発行を図書館から借りて読む。
「・・彼が愛用する吸口つきのロシア・タバコはなかった。だが店主の貝殻ボタンのついた斑入りのチョッキや、カボチャの禿げ頭を見ると、手ぶらで帰るわけにはいかない。そう。こうして一生の間、ついつい余分の物を買わされて、お礼におまけの景品ばかりもらうのだ、ぼくという男は。」p15、彼とぼく、わかりにくさがある。
「アパート」P17、日本ではアパートといえば木賃アパートを連想してしまう。
フョードル・コンスタンチノヴィッチ≒詩人フョードル・ゴズノフーチェルディンツェフp19
詩「消えたボール」21に沿って幼年時代が語られるp21、自伝的小説なのだろうか。まえがきで作者は否定しているが。
ターニャとフェーディア姉弟p26
マルコヴナ・・チェルヌイシェスキー夫妻が太った老ジャーナリストのヴァシリエフといしょに隔週の土曜日に開く文学サロンのもっとも熱心な常連だった。」p58
「・・レーニンの死後権力の坐から転落した、ソビィエトの政治家・・」P64、トロツキーが話題になっている。
革命でロシアから亡命した知識人の物語である。財産はかなり持っているようである。
チェルヌイシェスキー、アレクサンドル・ヤコブヴレヴィッチ・チェルヌイシェスキーP64の子息がヤーシャ。
ヤーシャ、オリヤ、ルドルフがピストルによる心中を試み、ヤーシャのみが死んでしまった。p83、心中の生き残りではなく亡くなったヤーシャは、「心中の・・・」、何と称されるのだろう。
「ヤーシャの死が痛ましい打撃を与えたのはだれより父にだった。夏じゅうサナトリウムで過ごし、そのあともついに完全に回復しなかった。」p85
ポプラの木・・巨大な神経組織p90、四一日の風景。
ケチなプチブル根性から多くが共産党に入っていた。p91?
パーティーp107
コンチェーエフとのロシア文学の文学談義p118〜、
「・・ランボーが夢想しなかったような聴覚的色彩・・・ぼくは四カ国語を話すんです。するとそれぞれの国のちがった<ア>の音が、ちがった木材のようにちがった色彩感・・を与えるんです。・・」p124
「・・文学的霊感に導かれるままに彼とかわしたこの対話も架空のこと・・」p126
第二章
地主の息子だったロシア時代の思い出を語る。
遠いロシアの庭園p138
母がな三年前にベルリンに来たとき、「・過去が現在に追いつき、現在を溶かし・・・」 p141
「・・共産主義者たちの小さな行列に出会ったこともあった。彼らの大部分が生活に打ちひしがれた様子です、ある者は傴僂だったり、ある者は足が不自由だったり、病人だったりした。また器量の悪い女もたくさん混じっていたし、・・・」p146、まさに亡命ロシア人の眼だろう。
「・・目は文学者にしてはあまりに善良そうだった。」p150
母、ベルリンを去る。p155
「要するに、彼の精神と感情は、「現実が、空想に屈服して、空想と混ざり合い、眠りに落ち始めたときのような星雲状態」」p158
母の手紙p168、父の思い出p172、蝶、蛾に 「・・伯母などがぼくにファーブルの本を贈ってくれることもあった。だがその有名な本は、むだなおしゃべりや、不正確な観察や、明白な誤りが多くて、父が軽蔑している本だった。」p175
関する父の授業p177
余りにも昆虫に詳しいので、ネットで調べたら、ナボコフは博物館をも有する著名な昆虫学者でもあるのだ。
キャラバンの出発P187
(・・・また子供のころ父のあとから父を追いかけさせたぼく自身の分身も)p189
われわれは・・p194、父とぼくは・・p196
フョードルは父が最後に帰宅した一九一二年・・はっきりと覚えていた。p201
父の名は「・・コンスタンチン・キリロヴィッチ・・」p183,p206か、
テーゼ・・アンチテーゼ・・ジンテーゼ・・p228、懐かしい言葉だ。
第三章
強弱弱調、弱弱強強、半強勢、、詩論(?)が続く。P240〜
プーシキンが偉大な作家と見られていることにもよるのだろう。
詩論が続く
「・・チェルヌイシェスキー・・彼が『何をなすべきか』(一八六三年)を書いた・・」p274、エッと思ったが同姓。
「・・ジーナに会いに行く時間だ。」p279
読んで行くジーナが下宿屋の娘(アイーダP252)であることがわかってくる。
「接吻」p291、「あっという間に彼女と結ばれた・・・」p292
「彼女の事務所の雰囲気は、どういうわけかディケンズの世界を思い起こさせた。」p299
「あるいは論争に熱を上げると不条理の高みに舞い上がってしまうレーニンの慣用的語法・・・」p318??
チェルヌイシェスキーに関する著作の出版の可能性が出てきた。
ジーナ「ところでどうだった?」、フョードル「いや、だめだと言うんだ」p334、二人の幸せを祈るが以下下巻。

ベルリンにおける亡命ロシア知識人の生活、ソビエトに対する憎悪が描かれているかと思うがそうではない。一九世紀のロシア文学者の名が数多くでてくる、まるっきり知らない作家が多い。

下巻
第四章
この章は「何をなすべきか」の著者「チェルヌイシェスキー」に関する、伝記小説、評伝というものである。
沼野充義訳の訳者の解説では何も触れていない。
ソネットから始まり、これも読みにくい。例によって詩のような行に迷わされる。
親友「ロボド不スキー」p19?
「同時代人」誌に寄稿する。p63、ドストエフスキーが編集人になったのは「時代」誌。
「トルストイの悪口ならどんなつまらないことでもツルゲーネフは非常に喜ぶ・・」p66
プーシキンp77
「ストラノリューブスキー」p81、チェルヌイシェスキーの伝記作家?
一八六二年五月二八日、リゴウカ通りの火事p93
「ドストエフスキーが走る。・・・暗黒の中心人物であるチェルヌイシェスキーの住居に着いて、そしてこの暴動を一刻も早く中止させてくれるようヒステリックに頼むのだった。」p94
ロンドンのみ世界博覧会、「一九世紀は自分の富を博覧に供するのが異常に好きな世紀だったー・・」p95
「いまわれわれの前にあるのは、数多くの彼の駄作・・・」p102
「利己主義の観念は商品生産の発展とともに成長してきたとするカウツキーの説・・」、「そこで唯物主義者の「打算」が高貴かされたのだ。」p116
「一八八一年にアレクサンドル二世を暗殺して絞首刑になるソフィア・ペトロフスキーなのだ。」p118
「イッポリット・ムイシュキン」P124、ムイシュキンは白痴の主人公、イポリート(一寸違うが)青年、平凡な名前なのか。
「(チェルヌイシェスキーは、たとえばドストエフスキーがセミパラチンスクから現世の権力者に送ったような、へりくだった哀願の手紙は一通も書かなかった。)」p131
「司法大臣ナボコフは・・・」p132、著者ナボコフの祖父(沼野充義の訳注)
ソネットで終わる。
第五章
「チェルヌイシェスキーの生涯」が出版されて二週間後からの物語である。
この著作は劇中劇のような小説中小説になる。
第四章のソネットが変だと思っていたところ、「ボリース・チェルディンツェフの著の新作が出た。それは六行の詩で始まっている。著者はそれをなぜかソネットと呼んでいるが、・・」p146と書いている。
このボリース・チェルディンツェフ、誰だろう考えていて、沼野充義訳注を読むと、当然著者フョードルであって、この書評者は著者名すら正しく覚えていないことを示したものであるとのこと。このようなわけもあって、この小説は読みにくいのである。
この作品についての書評家の酷評が続く。
大江も小説の中で自分の小説を批判させている。
死について「魂が肉体の眼窩から解放され、われわれは、四方をいちどに見ることができる、完璧な、自由な、一個の眼球となるのである。」p160、ゲゲの鬼太郎の目玉親父ではないか。
アレクサンドル・ヤコヴレヴィッチ・チェルヌイシェスキーの死p159
ドストエフスキーp169
杭がベルトをつるすのに便利だったし(シャツの類はほこりっぽいイラクサの上に置いてある)、P201、変だな。
コンチェーエフの詩を知っているのは「三百万の亡命者のうちわずか二千人ですよ。」p210、正確さは別として、ロシア革命の亡命者数を見たのは初めてだ。
「ぼくの場合は他の者のばあいよりロシア革命の外で暮らすのが楽でしょう。いずれ自分が帰国するのはたしかだと自分にわかっているからですー第一にぼくはロシアを開ける鍵を持って出国しているわけですし、第二には、百年後、二百年後、ともかくいつになるにせよ、ぼくの本のなかでーあるいは、少なくともだれかの研究者の脚注のなかでーロシアで暮らせるようになるだろうと思うからです。」p225

ジーナが呼んだエレベーターp226、エレベーターのある家だったのか。
フュードルは鍵を盗まれたp216、 ジーナも鍵を持っていないP239
二人はスムーズに部屋に戻れたのだろうか。
「さようなら、ぼくの本よ。人間の目と同じように、想像力の目もいつかはとじねばならないのだ。・・・・・ぼくが作った世界の影はページの地平線のかなたまで続くのだ。・・」p250

沼野充義訳(世界文学全集)をチラッと覗いた、注(頁毎)があり、こっちの方が読み易そうだが、解説にはやはりかなり難解な小説と書いてある。
単に小説の複層さだけでなく、ロシア文学、ロシア語及び韻に関する知識が必要な作品である。
「農奴解放令」の問題を知るきっかけにもなった。

2018年3月8日

 大江健三郎が高校生の頃、読み甚く感動しフランス文学を志しめた、渡辺一夫著「フランスルネサンス断章」岩波新書を図書館から借りて読む、今は売ってないのだ。一九五〇年第一刷、一九八九年第四刷発行とある。本は傷んでいる。
はしがきにユマニスムは、決して単なる訓詁の學ではない。古きを探ねて新しきを知り、現在をはじめとする批判するために過去の人間文化遺産を認知し検討するものであり、常に自由検討の精神としてあるものである。ユマニスムには、永遠の告発精神と永遠の回顧精神とがしっかり組み合わせてゐるように思はれてならない。p10
或る古典學者の話p1
3 ルネサンスはフランス語で「甦り」p7
人類にとって根本的な考へ方をユマニスム(ヒューマニズムー人本主義、人文主義)といふ・・p10
「ユマニスムは・・学校臭などは全然ないのですし、博學といふことも、直接には、何ら關係はないのです。ユマニスムとは、一つの知的態度、人間の霊魂の一つの状態・・正義、自由、知識と寛裕、温厚と明朗とを包含・・懐疑といふものをも包含・・」(マン『ヨーロッパに告ぐ』)p12
或る出版屋の話p37
ドレの時代の不寛容や息づまるやうな狭苦しさ・・P41
フランスルネサンスは舊教に対し、新教勃興の次代であり、紹介された人々の多くは火刑台に送られている。
薫製鰊のやうに生きながら火焙りにしてゐる・・・p49
或る神學者の話p67
一四八一年から一五二一年までの間に二万人を送ったカトリック宗教裁判の国イスパニアp72(大審問家)
カルヴァンは、峻烈極まりない姿・・p82、宗教革命の中心人物が多くの焚刑を行っていたのか。
・・宗教の差異のために殺戮し合ふことをやめてゐる・・「異端」思想の功徳・・P87
プロメテウスもヘラクレスも、そしてキリストも、恐らくマルクスも、・・「異端」者と想像できる・・p93 或る占星師の話p101
由緒あるユダヤの家門の出p112、あのノストラダムスが採り上げられている。
非常に曖昧な、どんな類似的な事件にも當てはまるやうなことを、いかにも勿軆ぶって書いてゐるらしく思はれる。p111
或る宰相の話p125
ミシェル・ロピタルの場合
カトリック信者なのに「ユグノー」(新教)と罵られp143、
更に、「政教分離」まで考へたド・ロビー・・p144
「この二十世紀の不寛容も、何時かは寛容に帰し得ることが、唯一の人間の進歩と考へられるのである。」P144、何という二一世紀であろうか。
「プロメテウスの神話よりもシジフスの神話が必ず我々にふさはしくなるのだらう。p145
或る東洋學者の話p147
「マホメット教と、キリスト教特に新教の分派とも言へる福音主義運動との類似性を説き、・・」p153
或る陶工の話p165
生真面目一陶工としてやむにやまれぬ思想を持ってゐたためであろうか・・バスチーユで獄死p166
生きる道の原理は、舊教にはなく新教にあると觀じて、新教徒になったまでのこと・・p179
或る外科醫の話p193
競馬馬的人種・・p198
ギリシャ語ラテン語に暗かったやうである。p200
自分たちのためだけのことを考へて、他の人々のことを考へずに暮らす人々は理性的とは申せないし、人間の名にも價しない。p204
生のまゝの自然からユマニストの本義を自ら學び取った・・p202
舊教徒にも新教徒にも虐殺される客氣がないのである。p212
或る王公の話p217
・・私はひとつのとんぼがへり・・p226、(『蜻蛉返り』さようなら私の本よ!p375)
一五九八年六月二五日、ナントの勅令p228

紹介されているユマニスト、文中の人々はほとんど知らなかったが、少しユマニスムを知ったような感じがする。
大江健三郎が多感な高校時代、かなり影響を受けたのには納得できる。
「盡瘁」p205「彌撤」P143なんか読めたんだろうか。

2018年3月19日

 「夜の果てへの旅(上)」二〇〇三年改版セリーヌ、生田耕作訳中公文庫
バルダミュとアルチュル・ガナート
「「僕」は大佐の伝令簿の携帯係」p14
「田舎というのが我慢できない」P17、 「たった一人の臆病者なのか?p18、「・・愛国心は・・・この売春女は!」p57
バルダミュが偵察中にロバンソン・レオン現れる。p67
落伍兵である。
「いかがわしいものなんて、けっきょくは勇気だけだ。」p77
「・・黄色と黒色のまざった着物を一枚ひっかけて。」p80、半天か。
フェルディナンP96、バルダミュ・フェルディナンか。
「そんな奴は、アナーキストにまちがいない、銃殺にしちまえ・・・」p98
「中学校の校舎・・愛国的理想が危険にさらされた程度の兵隊から完全にだめになった兵隊までを収容・・」p99
「・・汚らしい平和主義の連中は、ひっとらえ、磔にしろ!・・」p113
「プルーストという男は、生きているうちから亡霊みたいな人間で・・・」p119、あのプルーストか。
「・・すぐれたメートル尺・・」p157、当時(一九三二年)フランスではメートル法があったんだ。
ロバンソンに会う。p175
、特に関わり合いはない。
「・・有毒な瘴気と、侵しがたい孤独の土地アフリカへ・・」p181
「黒ん坊」p214から極めて差別的言辞が続く、現地のフランス人にも、植民地にも。
《ポルデュリエール商事小コンゴー支社》p206に職を求め、ピコメンボp211に行くことになる。
《コロコロ》p220、皮膚をむしばむ病気
目的地で交代する男、「年は三十に近く、髭面だった・・」p264
「あんたの名前は?たしかロバンソンと言わなかったかね?」p273
男はそれに応えず、この土地について話し続ける。
ロバンソン?金品を持って失踪P277
「僕は、貧乏神のロバンソンががすでに向かった方角をめざし・・・」p287
ガリー船《コンビタ王女号》の船長に買い取られp294、漕ぎ手となる。
「この大西洋を西から東に向かう・・」p295、ニューヨークp297、漕ぎ手十人のガリー船、荒唐無稽だ。
西から東も変だ、遠くとの意味合いでこのような言い方をするのか。地球一廻り?
ロバンソンを探すが見つからない。p300
「アメリカ人がどんなものか・・・大金持ち素寒貧だ!中間はいやしねえ!」p301、今も変わらん。
「排泄と下品の突然の跳梁。うんこの陽気な共産主義の発見。」p316
「ロバンソンに会えるかもしれん。」p322
「フェルディナン!おうい、フェルディナン・・・レオンだ。p374
「夜の果てる日なふぉありはしないのだ。」p376
「このあと、つづいて二、三度、ロバンソンと待ち合わせた。」p377、ロバンソンは密造酒を造っている。
モリーに「うん、フランスで学校を出るよ、そしたらまたもどってくるよ」p379
上巻では、フェルディナンとロバンソンの関わりが描かれるのは極めて少なく、ロバンソンとの関わり合いが不明確である。
読み始めると、ランボーの「地獄の季節」を連想させられた。
詩のように激しさのある小説だ。
下巻もまた図書館から借りて読むことになる。

「夜の果てへの旅(下)」を読む。 「僕」はパリに戻り、学校を出て医者となってランシイに住む。
ベペールに出会った。p13、働く子供とは思っていたが、年が七つp93とは思いもしなかった。
レーニン広場p20、当時そんな地名があったのか、それともセリーヌの創作。
顔じゅうどこもかも目玉だらけだからな、それに体じゅう、尻の穴まで、口だらけさ、みんな嘘をつくためだ・・P31、ネットの今の時代も。
人間の暮らしは喜劇から喜劇への往復だ。p41
医者なんて・・金持から謝礼金を払われるときは召使いあつかい、貧乏人相手のときは、まったく泥棒同然だ。
そいつがまた僕をとらえだしたのはやっぱりロバンソンのせいのように思えてならない。p56、そいつ=不安
ロバンソンにふたたび出くわすことは、だから僕にとっては大打撃だった、P56
精神は言葉で満足するが、肉体のほうはそんなわけにはいかない、
やっぱりロバンソンのことが気になったからだ。
言葉のつき果てた先にやっと悲しみが訪れたのだ、p66
チフスの研究者、「日本でも大量生産!」P79
橋桁の下から宵闇がしのび寄り、ルーブル宮殿の建物に沿って上がり、正面を、窓を、しだいに包んでいった。窓は闇をまえにひときわ燃えさかるのだった。やがて、それも、窓も、また消えていった。p84、この小説でこのような表現が出てくるとホッとする。
甘い考えは捨て去ることだ、人間は互いに語り合うなにものも持ってはいない、めいめい互いに自分の苦労を口にするだけだ、知れたことだ、他人のことまで構っておれるか。p89
ロバンソンが訪ねて来たのだ。・・この女と、アンルイユ婆さん、 僕のところの待合室でしょっちゅう出会う習慣を身につけだしたのだ。p92

朝鮮あざみ(朝鮮あざみという野菜の形は斜めにずらして並べた新聞紙に似ている)p98??
・・おまえさんのその貧乏たらしい、人殺しみたいな面じゃあ・・p99、ロバンソンはそんな顔か。
酢の中の仕事・・p100、??
・・アンルイユ婆さんをバラす・・p115
わが身に起こりうる一切の事柄の果てに到達したとき完全に孤独になる瞬間があるものだ。この世の果てだ。P145
つまり死というやつも幾分結婚に似ている。p148
プロチスト師p162、ロバンソンがランシイからいなくなれば、生活はうまくいきだすだろう、p170
ロバンソンもまた・・彼なりに、理想に悩まされる男だった。p185、 北停留所p201、 ロバンソンの思い出がよみがえってp208、・・銃殺・・軍法会議でアナーキスト・・p220、ロバンソンの尻についてさまざまな冒険を・・p225、ロバンソン「監獄ならおなじみさえ・・」p240、《ラ・プリイエール》流儀p249、??
言うことはない、居心地の点では、帆船の中はまったく申し分なかった。おまけに河風がそよぎだし、丸襞のついたカーテンが爽快な小旗のように窓わくにはたきはじめた。p260、こんな文に出会うと、ホッとする。
卵入りうどん(メイユ)p276、これはなんだと思ったら、p302にヌイユとあった、印刷ミス。フランスの卵入りパスタはそんなにおいしいのか。
・・ロバンソンは・・トゥルーズの街ではまだ完全な盲でとおっていた。p321
いわば一滴もいけん男だったから。p308、譯者は関西系?
・・《国民的射撃場》・・・十五年になるのだー・・・p381、(上ではp94)、戦争は何時終わったんだろう。
マドロンがロバンソンを撃つp404
すなわち他人の生命への愛、そんなものとは縁もゆかりもない正真正銘のフェルディナン・・・p407
解説に、トロツキーはセリーヌの作品には希望がない。〈『夜の果てへの旅』はペシミズムの書、人生を前にしての恐怖と、そして反逆よりも人生への嫌悪によって口述された書物である。積極的反逆は希望と結びつく、セリーヌの書物のなかには希望がない・・セリーヌは革命家ではない、また革命家たらんとする気持もない。彼は社会を改造しようとは心掛けない、そんなものは彼の目にはまったくの幻想である。彼はただ自分をおびやかし迫害する一切のもにまつわる威信を剥ぎとりたいと願うだけだ。人生を前にして覚える恐怖の自覚を軽減するために、この貧民窟の医師は新しい文体的手法に頼らねばならかった。彼は小説の革命家として現れた・・。セリーヌのちからは、一切の綱領をかなぐり捨て、一切の慣習を踏みにじり、さらに人生の衣を剥ぎ取るだけではあきたらず、その生皮まで剥ぎ取ることにある・・自分自身にたいしても情容赦なく、鏡に映じる己れの姿に嫌悪をおぼえ、鏡をたたき割って己れの手を引き裂くモラリストにもたとえようか〉〈トロツキー「小説家と政治家」〉、トロツキー著作集のどこに載っているのだろうか。
トロツキー著作集は政治がらみで、文学に関する著作はない、図書館で十六巻を借り全目次を見た範囲では。「文学と革命」二版は一九二四年、「夜の果てへの旅」は一九三二年。

「革命の想像力 トロツキーの芸術論」杉村昌明/金井毅訳柘植書房一九七八年刊に載っていた。
第二部作家・作品論、「セリーヌとポアンカレ−小説家と政治家」p121で、一九三三年のエッセイである。
「・・・永遠にのこるどあろう一冊の本を書いた。ペシミズムの小説『夜の果ての旅』は、生を前にしての恐れに、反逆というよりもむしろ生の引き起こす憂愁に、支配されている。アクティブな反逆は希望に結びつく。だが、セリーヌの本に希望はない。・・・出口も希望の光もない生の残酷性、衝撃、虚偽のパノラマとして構想され・・・生の断片の数々が、汚らわしく、血なまぐさい、悪夢のような不条理のなかに結びあつめられている。・・・自らのシニシズムのなかであがいているうそいつらりのない絶望の心理的基盤がある。 セリーヌはモラリストである。・・・−愛国心から個人的人間関係、愛情に至るの、確固たる既成の社会的価値を−一つ一つ冒涜していく。・・・ポアンカレは異論の余地なくブルジョワジーのもっとも純粋な申し子である。・・・・・戦時中のパリの姿を、セリーヌは冷酷なまでにくっきり描きだしている。・・・・・この本の音楽性のなかには、意味深長な不協和音がひそんでいる。現実のみならず、それにとって代わりうるものまでも拒絶することによって、この芸術家は結果として既成秩序を支持しているのだ。そのかぎりでは、セリーヌは好むと 好まざるに、ポアンカレの同盟者なのである。・・・セリーヌは今後もう、虚偽への嫌悪、真実への不信にこんなにも鮮烈にいろどられた本を書くことはないだろう。・・この芸術家は、闇の世界と慣れ親しむか、あるいは曙を見るかいずれであろう。」
大江健三郎は一体どんなロバンソン小説を書くつもりだったんだろうか、擬意を感じる。2018.4.23

鈴木利郎 e-mail CQN03556@nifty.ne.jp 携帯 08089028289
2018年3月24日

「さようなら、私の本よ!」で、最初の長編小説がとあり、どんな小説だったのだろうと思い、「われらの時代」を読む。
古書店で購入した新潮文庫昭和三八年六月三十日発行で読む。
読んでいるうちに、これは「性的人間」じゃなかったのかと思い違いを思う。読んだのは五〇年以上も前、記憶の滓にも残っていなかったということなのだろう。
免疫がたまにウイルスが入って来ないと維持されないと同じように、本も時たま読み返さないといけないわけか、元々記憶力が弱いから、それが問題なのだろうが。
物語は性的描写から始まる。
主人公、南靖男(仏文科の学生)
バンド《不幸な若者たち》、高征黒二十歳(朝鮮人、朝鮮戦争に参加、手榴弾を持っている)、南滋十六歳(靖男の弟)、田谷康二十六歳
靖男の情人、頼子、頼子の情人、ウィルソン
民学同リーダー、八木沢
アラブ人(FLN活動家)
この登場人物だけで大江健三郎の小説が想像できる。
《おれたちは自殺が唯一の行為だと知っている・・・しかしたいていは自殺する勇気をふるいおこせない、そこで偏在する自殺の機会に見張られながらおれたちは生きていくのだ、これがおれたちの時代だ》p268
性交、自慰、精液、嘔く、が度々でてくる。
犬P37
《絶望あそび》p117
《拷問あそび》p259
龍岡門?を出て、お茶の水橋?p267
この小説も大江の転換点であったわけだ。当時は転換とは感じていなかった。
なお、劣情を催させる性描写ではない。生殖器が泌尿器になった今だからではなく、高校時代にも劣情をそれ程感じさせるものではなかったと記憶しているのだが。
むしろ三島の「憂国」が劣情を催させた記憶がある。
どの作品であったか大江の母が「猥雑」と語ったのも納得できる。 
文庫本にはあとがきに大江は「《われらの時代》とぼく自身」で次のように書いている。

そこで、「ぼくは読者を荒あらしく刺激し、憤らせ、目覚めさせ揺さぶりたいのである。・・・・・小説を書きながら、危険の感覚をもっていたいし、読者にも危険の感覚を喚起したいというわけだ。」p273

文学は危険の感覚だ!≒芸術は爆発だ!

2018年2月20日

「さようなら、私の本よ!」講談社二〇〇五年九月二九日発行を読む。
「しかしね、コギー、おれのような読者には、きみの作った文体はそれでいいしね、フィクションと現実のからみが面白いんだ。・・・」p14、この小説では古義人は明らかにコギーになっている。
「さよなら、私の本よ!死すべき者の眼のように、・・・」の詩p19は大江の詩か。
p464でナボコフによるもとわかる。(江藤淳と大江健三郎/小谷野敦でにおいてナボコフの「賜物」とある。ナボコフはロリータの作者であることは知っていたが。)
「我々は死ぬことになっている人と一緒に死ぬのだ。・・・」P22、エリオット
「・・陶製のボタン・・・繁の坊ちゃん刈りの頭を殴った・・・それは作家になった古義人が幾度も描いたシーンだが・・・」P31、少年の頃の暴力事件は幾たびか書いていても、このような状況下の暴力事件は初めてではないか。
大江が暴力事件を書くのは、むしろ暴力の対極にいて、暴力にーーーーを抱いていたせいではないだろうか。
『「小さな老人(ゲロンチョン)」の家』p35
ゲロンチョン、エリオットの荒地の詩である。
岩波文庫版は岩崎宗治訳で、訳者あとがきがすごい。
「・・アルバイトに出かける日・・街のバスの運転手さんと話す機会があって、訊かれるまま英語の勉強をしているのだと答えると、自分は東北帝国大学の英文科を卒業して戦地に出ていた、と言う。これまで読んだものの中でいちばん感銘を受けた本は何ですか、と訊くと、深瀬基寛の『現代英文学の課題』だと答えてくれた。・・・」とある。
ゲロンチョンの序詞「おまえには青春も老年もない、/いわばその両方を夢みながら/食事のあと昼寝をしているようなものだ。」は私の人生そのものだ。
「・・イェーツから「おかしな老人(マッド・オールド・マン)」の家と名づけられた。」p52、イェーツの詩「Why should not Pold Men be Mad?(老人どもが怒り狂わずにいられるか?(高松雄一編)」から採られたのだろう。ゲロンチョンとは対照的だ。
繁、清、ウラジミールが「おかしな老人」の家で暮らすことになる。p57
「・・編集者の金澤さんもなくなられたし・・」p41、岩波書店の安江良介だろう。 金沢出身で金沢大学卒業で岩波書店の社長になった方である。
「世界」一九九五年一月号で大江は安江と対談しており、p30に「・・金沢大学の前田慶穂さんとか、大阪市大の宮本憲一さんとか、・・」と大江は語っている。
「アルフレッド・ブルーロックの恋歌」p96
「六隅許六先生」p42、大江の小説には渡辺一夫こと六隅先生が度々登場する。大江が隅谷三喜男とも親しかった(?)ことを思い出した。
「ゲロンチョン」の一節が高鳴ったんだ。p61
「・・きみの仕事は、ソヴィエト時代に翻訳が沢山出て、ミシマは崩壊以後だからね、・・」P65、そうとは思えないのだが。
「ー・・ぼくもそう思うことがある、と古義人はいった。」p85、大江健三郎は漢字で「僕」を使っていたのにひらがなになっている。この小説で初めて使ったのでは内だろうか。P15から。
「耳で聞く想像力/ヘレン・ガードナー」p88
「いまだってアカリさんの誕生について飽きもしないで書いている。」p91
「Ridiculous the waste and time」p94、四つの四重奏、バーント・ノートン 
「光のためにできた幻の水で溢れていた/・・・」p97、バーント・ノートン。
「おれたちはそれこそベケットの、相補的な二人組なんだよ!」p124、憂い顔の童子ではドン・キホーテとサンチョ・パンサ、本作ではエストラゴンとヴラジーミルか。
するとウラジーミルは大江のユーモアか。
「ロバンソン小説」p113
シゲの「根拠地」となる。p112、大江は根拠地が好きだなあ。
「ノミの幽霊」p100、新しい人よ眼ざめよの中の短編。
な「アレ」p129
「owlish'」P141、フクロウに似た、だが、「'」は何を意味するのだろう、単なる強調?
「・・ロバンソンは『夜の果てへの旅』(セリーヌ)の、不思議な狂言廻しだ。」p144
-長江さんはミシマに対して、derisively に振る舞うことがる、/mockinglyというところだねえ、p103
「ジェイソン機関」p116
「石崎新」p162、磯崎新
「ジュネーブ指令」p161p157、クロポトキンでなくバクーニン、スタヴローギン
第一部、第二部、第三部P142、この小説ではどう対応するのであろうか。
エリオット、Think/Neither fear nor courage saves us p165/ゲロチョン
武、タケチャン、ネイオp173
「猛虎キリストは来りぬ。p177/ゲロチョン
「・・ドストエフスキーにとって、看護婦は、・・・」p183
pseudo-couple'p188、擬でなく「おかしな二人組」
「芦原さん・・・口こそ乱暴だけど、小心な実際家です。」p210
"Long hoped for calm,the autumnal serenity/And the wisdom of age?"p218 /Four Quartets
「・・若い数人を従えた中年男・・」p223
「・・蟹行さんや織田さん・・」p232、開高健、小田実も茶化される。
ピエール・ガスカル「岩波書店「現代の文学」の『けものたち・死者の時』に行き当たった・・」p234
「・・"Norte Epoque"でダメになった。これで長江古義人も終わり・・・」=われらの時代一九五九年、「・・アカリさんが生まれてきたことで持ち直した、・・」
「光」が生まれたのは一九六三年
第八章ロバンソン小説
「・・小説の現有量はAマイナスα・・・・・さよなら、私のAマイナスαよ!・・・」p254
スタニスワフの『ソラリス』・・不憫・・p257
Voyage au bout de la Nuit/夜の果ての旅、Cline Romans、Cahiers Cline、『セリーヌの作品』p261
「・・pseudo-couple、・・バルダミュとロバンソン・・・」p261
9.11「超現代建築が・・ヴァルネラビル」p267
一寸違うが「・・単独のテロのひとつひとつ・・が、総体として、その方向性を指し示すことになる。」p268、ロシア革命がそうだろう。
第九章突然の尻すぼみ(アンチクライマックス)(一)
「・・年寄り仲間とデモ行進を再現して、機動隊役に頭蓋骨を割られたりする・・」p277、これで長江は入院していたわけか、 「憂い顔の童子p512・・自分の頭がそこに激突するよう・・」、「さようなら、私の本よ!」は「憂い顔の童子」の続きになるわけだ。
「トーマス・マンの主人公の、若作りの化粧をした老知識人のイメージ・・」p271、マンの「ヴェニスに死す」の厚化粧の老人でいいだろう。
「アルファルファ爺さん」p278
「ペン・ステイト大学」p281、ペンシルベニア州立大学ことか。
「・・三舎を避けた・・」p283、スマホで調べる、「春秋左伝」で一舎が三十里、相手を恐れて尻込みする。
建築家の「荒さん」p286、大江の作品には度々登場する人なので、どういう方なのか、大江の作品以外のところで調べてみたい。アレッ、原さんだったか。
「イースト・コウカー」p290、四つの四重奏の中のひとつ。
連合赤軍事件は一九七二年p297
「リトル・ギディング」p313、四つの四重奏の中のひとつ。
ダンテ、「兄弟よ、しかするなかれ、・・・」p319、煉獄の第何曲にあるのだろうか。
「軟禁までは、この時間にコギーが暖炉の前で酒を飲んでいた、酒がなくなったらのでかれに声をかけるつもりで来た・・・・それで私が長江さんのウイスキーと水とを持ち出して、ミズナラの木の下でシゲさんにつきあったんです。月が明るかったし・・・・」p307、大江のわかりにくい文体、「シゲの語り・・・・ネイオの語り・・・・」、丁寧に読めばわかるのだが。
「葬式躁病」p312、確かにそういうのがあるな。
「今度出た全集に収められてるミシマの手紙に、長江が自殺を試みて失敗したようだが、・・・」p318、実際そんな手紙があるのか。
第三部われわれは静かに静かに動き始めなければならないP323
「老人は探検者になるべきだ・・・・・」四つの四重奏曲p324
映画「静かな生活」の中の強姦し犯人が首を吊るシーン、真木が「・・このシーンが必要なのかわからなくて、・・・」、古義人も「・・・いまあらためて見ても、わからないんだ。」p338、私もこのようなシーンには違和感を感じていた。
「尊敬してる哲学者」p340、サルトル?
「・・アカリが・・いまは足が弱って・・踏み台に躓いたりもする・・・」p342、あのアカリも高齢になってしまったのだ。今は更に。
そういう妙な男が、代わりばえしない作家の生活に入って来て、かれを奇態な出来事に引きずり込む。その一部始終を、永年小説家として生きて来た作家が書く。それも自分よりその男を焦点において、出来事全体の物語として書く。それがロバンソン小説。入って来る男が、ロバンソン。p347
「・・『白痴』の・・ロゴージンに、ロバンソンの役割があたえらていると思う。」p349、ロゴージンとムイシュキン公爵も「おかしな二人組」か。
「・・ミニョンという娘を力ずくで犯す。」p351、『白痴』にそんなところあったかな?
あった、白痴創作ノートにはあった。
「・・長老の女流作家がね、・・」p367、野上弥生子のことだろう。
武とタケチャンも奇妙な二人組、p372P458
『蜻蛉返り』p375、大江の諧謔?
建てると破壊する、「ゲーリー・クーパーの映画にそういうのが・・・」p378、どんな映画?
「武とタケチャンが「おかしな老人」の家で・・・」p397、「おかしな老人」の家なのか、「小さな老人」の家なのか、混乱してしまうところがある。
人生の習慣に傍点を打ってあるp415のは「人生の親戚」を暗示しているのか。
「長江さんの初期の短編小説集・・・語り手が子供たちに石を投げられて片目を失う・・・・」p429
「世界的な指揮者、伊澤保・・」P397、?小澤征爾?
荒博p421
エリオットの一節、「葉陰にいた子供たちの・・・」p454
「若いナボコフが・・・
ーさようなら、私の本よ!/ 死すべき者の眼のように、/想像した眼もいつか閉じられねばならない。」p464
「・・犬・・・・・あいまいな声で・・・」p466
「イースト・コウカー」
・・・
・・・
われわれは静かに静かに動き始めなければならない  p467

2018年2月11日

 芥川賞受賞作品を読む。
石井遊佳54歳、若竹千佐子63歳、オバサン二人か(私より若いが)、将来を嘱望される新人ではないだろう。読む気にならない。でも読む。
百年泥
インドのチェンナイで日本語教師を勤める「私」が語る小説である。
アダヤール川に架かる橋に溜まった泥から、「私」は私自身、生徒のデーヴァラージの想いを広げる。
特権階級は有翼飛行で通勤するSF的なところがあるのだが、基本的に過去、現在に関わる小説である。
チェンナイ、アダイヤール川、想像の都市、川かと思い、スマホで調べると実際に存在する。
借金をしている元夫の紹介でインドに行く。(p347)
「蛭に噛まれ・・「蛭子能収」という字を目にするだけで気が遠くなる。」(p361)、蛭子能収さんは笑っているだろう。
「私はぼんやりした子供だった。」(p382)と消極的な問題児だったようだが、作者は東大大学院(?)で、「私」は作者と重ならず、これでも私小説なのだろうか。
「五順目のおじさんが「お金貸して」と言った。それがインドのもとになった。(p387)、元夫は四順目か。
デーヴァラージを介し、インドの恋愛、結婚の実情について語られが、どこからリアルか曖昧に感じてしまう。
泥が関わって記憶が再現されて行く、読んでいて面白い、考えると前回受賞作の  は纏まり過ぎて面白さはなかった。

次いで「おらおらでひとりいぐも」を読む。
東北弁が意味を持つ。作者は遠野出身なので東北弁でも私の会津弁とは異なる。
孤老、桃子さんの独り語りである。
老人問題を扱っているのではなく、老人の想いを扱っている。
「七十五になんなんとする今・・」p461、私(年齢七十三歳)も主人公の域である。
娘、直美の教育費の無心を断ってしまう。(p427)
他人を「盗み見・・・観察する、鑑賞する、傍観する・・」(p437)
「周造」(p439)、亡くなった夫の名。
「見ると粘ついた草の実・・」p455、私が子供の頃「バカ」と言っていたオオモミ類だろう。
周造の墓に行く。(p451)
その過程で過去の自分が現れ、記憶を辿ることになる。この記憶をたどるのは「百年泥」にも書かれている。
「亭主が今ある世界の扉が開いたのだ。」(p458)
「足、山ヒル、くっついてた。」p465、「百年泥」にも蛭が出てくる。
「おらは周造の死を喜んでいる。そういう自分もいる。・・・不思議なもんだでば、こころってやつは。」(p468)
「八角山」p472

まごのさやちゃんが来る。(p479)
共通語の中の方言、表現の深さが出てくる。

若竹千佐子、第二作が難しそう。
前回受賞作の「影裏」はこじんまりしている。
2018年2月6日

『その山羊を野へ』に次いで『泳ぐ男ー水の中の雨の木』初出「新潮」昭和五十七年五月号を読む。
中編なのに「「雨の木」を聴く女たち」の中でこの小説のみ序文がある。
雨の木シリーズがどうも面白く思えなかったのは暗喩としての雨の木(レインツリー)を感じ取れなかったためである事であることを知る。
ウィーンで見たアルチンボルトp218、昨年上野の西洋美術館でアルチンボルト展を開催していた。観れば良かった。 ヴァン・ドンゲンp255エコール・ド・パリの画家。
猪之口さんは殺され、殺した(?)男は鳩小屋に飛び込み首を吊る。p247
玉利君は猪之口さんを殺す寸前(?)まで行ったことを話す。p266
decency p268、「礼儀、品の良さ、良識、慎み」(英辞郎)のことか。
vulnerable p280、被害に会い易い(英辞郎)
「・・死の直前の父親が・・おまえのために、他の人間が命を棄ててくれるはずはない。」p260に対するアンチテーゼの小説であろうが。
殺人者(?)の首吊り男は「僕」の大学の一年後輩である。p273
「静かな生活」の中の「家としての日記」初出「群像」一九九〇年(平成二年)にプールと殺人者に替わり姦し、鳩小屋で首を吊る話が出てくる。

「静かな生活」では、幼女への痴漢事件が書かれており、障害者が、光が、そのような事件を起こしたら父は首を吊る、という意味合いだったのか。読みが浅い。
2018年2月4日

「憂い顔の童子」で、「・・村の人間みなの罪が「無化」される・・・」小説p331、『その山羊を野へ』を文春文庫一九八七年版で読む。
「レビ記」第十六章なかば、「・・・その山羊彼等の諸悪を人なき地ににんゆくべきなり 即ちその山羊を野に遣るべし・・」による。
「滑り車」p210、他の小説であったはず。
「蜜枝アネサマ」p216が山羊である。蜜はすぐに 「万延元年フットボール」の蜜三郎を連想させられる。
「山本一清博士」p241、実在した天文学者だ。
2018年2月3日

「憂い顔の童子」で中野重治の「軍楽」が引用されているので図書館から借りて読む。
中野重治は高校生の頃、むらぎも、汽車の罐焚き、歌のわかれを読み、甲乙丙丁を読んだのが最後である。記憶は定かでない。
借りたのは「たたかいの記憶」新・ちくま文学の森9でその中の十六頁の短編である。
こんなに静かな小説なのか。
緻密な作品である。

2018年2月2日

久し振りに大江健三郎に戻る。
後に「おかしな二人組」三部作と命名された中の「取り替え子 チェンジリング」を読む。 二〇〇〇年講談社。
コメントは2017年4月30日参照。
この小説から古義人が主人公になる。
古義人はコギトだけではなくコギーにも由来するのか。

次いで「憂い顔の童子」を読む。
憂い顔の騎士 ドン・キホーテから憂い顔の童子へとなったか。
「憂い顔の騎士」、何となく記憶にあるのだが、よくわからない。ネットで調べたら、ぽこあぽこさんが、ドン・キホーテの前編第十九章と書いてある。
岩波文庫では「愁い顔の騎士」のようだが、私の持っている堀口大學訳ではズバリ<憂い顔の騎士>(新潮社大學訳p161)となっている。
ぽこあぽこさんは凄いな。
おかしな二人組から考えると、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの二人組で、古義人がドン・キホーテになぞらえるp163ところがあるがサンチョ・パンサは不明で、当然、吾良がそれにはなりようがない。
第一章『ドン・キホーテ』とともに森へ帰るp27
ローズさんが英語版『ドン・キホーテ』を持ってきている。p32
ローズ、ローザ・ルクセンブルクを連想し抵抗を感じる。
動(あよ)くんp33
第二章アョ、アョ、アョ!
古義人受賞後の観光案内人である。p58
第三章夢の通い路
古義人にとってヒネス・デ・パサモンテはだれになるのか。p77
『政治少年の死』p79
第六章アレと通風
アレは「取り替えっ子」のアレである。
吾良の死こそ、「この項続く」中野重治P141
「御霊」p156現る。
第七章子供のドン・キホーテ
真木彦さんはサンソン・カラスp162、サンチョに擬せられる登場人物は出てこない。
「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」 p173を間違えたものと批判しており、ネットで調べると、ジュヴェナリスことデキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalis, 60年 - 130年)が 、もし祈るとすれば「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body) と語っており、これを誤ったものであると書いてある。
「健全なる肉体に健全なる精神が宿る」は嫌いな格言で、間違いであることで安心。
第八章「桃太郎」
雛にもまれなp190、陳腐な表現、それを意識して家、傍点が振ってある。
第十章恋の達引
「・・長江の、悪文のみなもとをこそ研究・・」p232、大江文学への批判が描かれるのも大江文学のひとつである。諧謔といっていいものだろう。
アナール学派、ル・ロワ・ラデュリp237
和紙、白蝋、蚕糸を真木三白p239、三白は通常、米塩紙のはずだが。
『燃える木、緑の木』『サマソート』p249
第十一章西郷さんの犬を世話した「童子」
犬は「奇妙な仕事」以来の特別な関心事であろう。
西郷さんの犬を一頭あずかって帰った「童子」が・・p257、奇想天外なフィクション。
第十二章神童寅吉の図像学
アサは日本共産党の宣伝カーの上で「トロッキスト暴力学生の、偽装された勢力拡大集会」を批判する演説をしていた。p277
なんで、こんなフレーズが出てくるのだろうか、唐突で大江の練った文章とは思えない。
第十三章「老いたるニホンの会」(一)
当然若い日本の会のパロディだ。
今や保守政治学の一方のボス、劇団を背負う男、迂藤、篁さん、p304
黒野は重要な役割を担うのだが確実にフィクションであろう。
真木彦がサンチョ?p307
大黄、ピーター、「取り替えっ子」で馴染みのキャラクターが出てくる。アレがあった地名が「奥瀬」、大江の出身地「大瀬」からきているのか。p310
第十四章「老いたるニホンの会」(二)
真木彦は学士サンソン・カラスコp313、こっちの方が合っているだろう。p313
『山羊を野へ』『水泳者ー水の中のレインツリー』p331
「リア王」p334、あったと思ったがなかった。
第十六章医師
「読みなおすこと(リリーディング)」p362、私は読みなおしをやっていないわけだ。
ーところで、きみはこの十年ほどの小説に、夫子自身の小説をよく引用するね? おれはあれに感心しないんだ。読者の大方も、索然としてるんじゃないか?
ー引用? 私は長江さんの以前のお仕事をみな読んでいるんじゃないから、参照できる資料があたえられる点で、好都合ですよ。p373
第十七章「自分の木」のルール
ー六十年前の、子供だった自分にいまここであってるとして、p397
アサさんが兄の小説に描かれる土地の神話・民話の伝承、そして歴史は、・・大部分が想像のだと思うといわれた。p400
当然だが、モデル地勢を求める読者も少なくないのだろう。
アレすなわち錬成道場での事件が語りつながれp403、二人組が大きくこの小説に意味を持ってくる。
第十八章「老いたるニホンの会」(三)
ルネサンスの西欧人が周縁世界の人間を想像した絵のひとつ、頭からまっすぐ一本足のついた人間・・p409、見たことがある絵のような気がするが。
第十九章喜びを抱け!
奥瀬別館の文化セミナー、純文学『別れる理由』p448、小島信夫か。
アナルセックスp449・・古義人、田部夫妻との決裂、文化セミナーを拒否。
第二十章「銀月の騎士」と闘う
『勝者なし』という二流名作p462、?
戦後民主主義の法王、鵜飼先生p495、?
9"Geschichts philosophische Thesen"『歴史哲学テーゼ』p468
第二十一章アベリャネーダの偽作
贋作でなく偽作。
ープラカードを振り廻すまではルール内だけれども、板を踏み外して、釘の付いている角材を振るってはいけない。p481
志賀君p386、誰だっけ、新?カッチャン?、香芽p225の父か?
加藤典洋p488、オーッ本名が出ている。
「老いたるニホンの会」p484、息があがる。
古義人と吾良はピーターを殺人?P496
終章見出された「童子」
古義人は偽機動隊ともみ合い意識不明の重傷を負う。
中野重治「軍楽」p516
大江健三郎は中野重治と親しかったんだろうか??

古義人が四国に帰り、十畳敷でアカリとローズと一緒に生活する物語である。
根拠地の創生と崩壊ではない。
取り替えっ子のアレが奥瀬が舞台で、二人組は古義人と吾良であり、ドン・キホーテとサンチョ・パンサになぞらえるものではない。
小説(フィクション)の中で、古義人の作品はフィクションではないかと問われる奇妙な小説でもある。
2018年1月20日

 田川建三の「新約聖書訳と註」の大冊、好奇心から図書館から借りた。
第一巻となるマルコ福音書/マタイ福音書、八百七十四頁あり、大冊である。
借りる人が多いようで一部変色し傷んでいる。
このような本が度々読まれていたのか、さいたまは広い、自分が狭すぎる。
初めにマルコ福音書、次いでマタイ福音書、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネのはずだが。書誌学と宗教との違いなのだろう。
同著者の「書物としての新約聖書」を読めばいいのだろうが、これも八百頁余りの大冊なのである。

2018年1月10日

 田川建三の「新約聖書訳と註」の大冊、どんな本かと好奇心で図書館から借りようと思って図書館の蔵書ネットで調べたら貸し出し中で、同著者の「はじめて 読む聖書」(新潮新書)を借りて読む。
田川健三の著書ではなく、季刊誌「考える人」に掲載されたとインタビュー等の集成で、インタビューを受けたのが田川健三で、この新書の中心を占める。
田川健三はクリスチャンでないクリスチャンとのことで新約聖書の研究家である。聖書とどう関わってきたかを語っている。恐ろしい秀才である。
U 読み終えることのない本ー池澤夏樹
X 神を信じないクリスチャンー田川健三
Z 旧約的なものと新約適なものー橋本治
橋本治の知識の広さには唖然とする。
[ マタイ伝を読んだ頃ー吉本隆明
吉本に「マチウ書試論」があることは何となく知っていたような気がするのだがマタイ伝のこととは全然知らなかった。
そんなわけでこの新書は入門書ではない。