車いすから離れて−平成17年12月 平成17年7月22日の入院に伴い、介護保険で借りていた車いすは返却した。また、10月末の退院では車いすがなくても歩行できるようになり、車いすから解放された形となった。 車いすを利用していた期間は平成16年11月からほぼ8ヶ月間となる。 なかなか借りる思いになれなかったが、借りたらその便利さにハマッてしまった。 しかし、実際の走行において、歩道の不備、バリアフリーのような店舗でも 車いすを考慮してない商品の陳列があったりする。 トイレはまだまだである。某観光地の寺院の 車いす用トイレは一般の方も使えます、となっており、そこに健常者が並んでいる。 どうかなと思ってしまう。 さいたま市の県立別所沼公園ではトイレが男女別の建屋になっており、 それぞれに車いす用のトイレがある。使用しなかったので清掃の具合などは不明だが、最も進んでいるのではないかと思われる(埼玉県が〜!)。 浦和駅もエレベーターの工事をやっているようである。 車いすにとって更に良い環境の生まれることが 老齢化社会に向かって、色々なプラス面をもたらすものと想定される。
リハビリ病院では何とか歩けるようになって(もちろん、杖をつきながらだが)
退院したのに、車いすになって再入院された方もおられた。自宅リハビリの難しさが
知らされる。 |
車いす体験雑記 |
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2004年3月 整形外科での術後、車いすでトイレに行く時は看護師さんを呼び、連れて行ってもらい、用を果たす。 当然、小も洋式のトイレで、座って用を果たす。 これが車いすの大変さと思うが、実際はもっと大変な人がいるわけなんだ。 左は入院時の車いす姿 |
2004年5月 区役所では自走式の車いすが2台用意してあり、支援関連のカウンターのところに行くと、カウンターの高さも合っている。 ハローワークでは、車いすが1台置いてあったが埃だらけになっていた。事務所内も段差があり、バリアフリーにはまだまだの感がある。 性質上、やむを得ないものなのか。 |
2004年6月 外来での病院の車いすの使用。 病院内は通路が平滑でスムーズに自走できるが、日頃の手入れの問題か、スムーズなのと、やや重いのがある。 実際、それで屋外を走行すると、ガタガタとお尻に振動が伝わり、歩きにくい。上の画像(車いすの種類)ではクッションのシートが あるように描いてあるが、実際に貸し出してるのにはクッションがなく、ただの薄いシートである。 左は病院で外来用に用意してある車いす、50台近く(?)あると思うが、10時過ぎにはほとんどなくなってしまう。 |
2004年11月 デパートでの車いすの借用 市役所、病院など以外でははじめて、デパートで車いすを借りる。 案内係に概略の使用時間を伝え、承諾を得てから使用する。 食品売り場(所謂デパ地下)にも行ったが、車いすで通れる間隔にはなっている。混雑している時は無理だろうが。 車いすに乗ってる気分としては、慣れないせいか、恥ずかしいという感じであった。 |
2004年11月 病院に置いてあった介護用車いすで外を歩く。6月に外を歩いた時は病院の庭(?)だったので、今回は病院の外に出て 舗道を歩いた。 病院の庭(?)に較べると、舗道は凹凸が大きい。借りた車いすが古いせいか、舗道に傾斜があると低い方に持って行かれ、 かなり操作しにくい。 |
2004年11月 寒くなって外出が少なくなって、今更のようだが、電動車いすのレンタルを申し込む。 写真にハンドル型と標準型の車いすを示した。標準型はそのまま店などに入れそうだが、 ハンドル型の方に力の強いものが多いので、それを申し込む。 充電満タン時の走行距離、スピード、登坂可能角度、乗り越え可能段差が力の強さの目安になる。 |
2004年12月 実際に借りたのは写真の機種、潟Aテックス製BT400 実用登坂角度10°段差乗り換え高さ90mm以下、溝乗り越え幅120mm以下、最小開店半径1460mm連続走行距離25km 使用者最大荷重100kg 団地住まいなので、写真のように階段の下に置かざるを得ない。 |
2004年12月 近くを車いすで歩いていると、学校帰りの小学生が「何だ?」「何だ?」と声を挙げたので、「車いす」と答える。 電動4輪車タイプはまだまだ珍しいのだろう。 東浦和図書館に行く際、図書館近くの手押し信号の釦のところに行くのに、歩道が狭く、更に車道から歩道への傾斜がきつく 車いすでは行きにくい。 歩道に乗り上げての路上駐車、通るには通れたが困る! さいたま市の県立図書館、まず自転車置き場に行ったが、もういっぱいで車いすを置くスペースはなく、別な場所に置かせてもらう。 階段階段、バリアーフリーにはほど遠い、職員の方から利用者の方から県へ訴えて下さいと言われた。 埼玉スタジアムの影にボロ図書館ありか、これが埼玉の知性。 |
2004年12月 ネットの(共同通信) - 12月16日14時5分更新のニュースで、下記の記事あり。 電動車いす拒否は人権侵害 JR東海に改善を勧告 約400カ所に上るすべての駅施設内で身体障害者の「ハンドル形電動車いす」使用を一律に認めないのは重大な人権侵害に当たるとして、法務省は16日までにJR東海(名古屋市)に対し、対応を改善するよう勧告した。 法務省は、全国で50以上の鉄道事業者が何らかの形でこのタイプの車いす使用を認めているのに、JR東海が全く認めていない点を重視。「不当な差別的取り扱い」と判断した。鉄道事業者に対する勧告は極めて異例で、JR東海側は早急な対応を迫られそうだ。 ということはハンドル型でもJR東海以外はOKだったんだ。 |
電動車いす、埼スタへ行く。 JI 2005開幕戦、3/5対鹿島アントラーズ戦、昨日お昼まで雪が降っていたので行けるかどうか心配してたが、 垣間見えた青空に雪も溶けホッとする。まずは国道463号線バイパスに沿って行く。 |
ところが写真A、歩道にでかいトラックが停まっている。よけてはもらったが一寸びっくり。
真っ直ぐ、車いすは進む。
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B新見沼大橋、一回下に降りて橋に上がるのだが、坂道の昇り口にバイク進入防止の柵があり、幅がギリギリで電動車いすでやっと通れる状態である。
大橋の長さは約1.5km、先に料金所が見えるはず、自転車は20円、徒歩は無料。
C橋から眺めた前日の雪が残った見沼田圃、田圃というが水稲は少なくほとんどが畑である。
雪が@は中尾北の交差点、車道は真っ直ぐ、歩道は下を通る。
左側の「豊田屋」の看板と信号が見える。真っ直ぐ行くとかなり遠回りになるのでここを左に曲がる。
排気ガスともおさらばだ。
その角に枝垂れ梅(?)が咲いている。桜でなく満開の梅である。
角を曲がったよころ、この道をほぼ道なりに進む。
ほぼ真っ直ぐに進むが、細い道になるところがあり、ここを右に曲がる。
また道なりに進んでいく。
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I正面左にしらさぎ幼稚園が見える。ここは真っ直ぐ進まず右の細い道を行く。
J道なりに行くとほぼ直角に曲がるところがある、角のところが滑り台とか子供の遊具を扱ってる「友栄」という会社である。
Lは帰り道で、ここは道なりに進まず、真っ直ぐ進む、左側に園芸業者「清美園」の看板が見える。
K東北自動車道の陸橋からの埼スタ、オー、着いたか。
左、サポーター席、これが埼スタだ!
車いす席は自由席の後で、席番号のところへ行くと、係り(ボランテア?)の人が付添人用の椅子を持って来てくれる。
この道を通って、家の入り口から車いす席に着くまで片道2時間かかる。
田舎の風景の中を通るが、自然の中を通るのとは違う感じである。
裏道なので、忘れないように地図も添えた。地図は最も詳しかったので「infoseek」の「地図」を借用(無断)した。
二度と間違えることはないだろう。
電動車いす、駒場スタジアムへ行く(すぐ近く)。 2005ナビスコ杯、3/26対大宮アルデージャ、晴れてはいたが、かなり寒い。 |
2005年11月 車いす移動装置? 浦和駅はエレベーターもエスカレーターもなく、障害者には不便である。 だが、写真のような装置が設置されている。 どんな風に動くかいうと、縦になってる台を水平にして、その上に車椅子を乗せ、駅員の操作の下に手摺りのようなレールを伝って階段を昇降するのである。 このような装置のみで浦和駅はバリアーフリー度が低いと批判するものの、地方の 駅だったらどうなのか、無人の駅も多い、ムムッ。 |
2006年1月 車いすによる浦和レッズの試合観戦の変更 浦和レッドダイヤモンズよりその案内が送られて来た。車いすで観戦した全員に送られたのだろう。 昨年までは、自由席の券(或いはシーズンチケット)を購入し、その券を運営グループに送り、車いす用の券を送り返して もらうシステムだったが、直接車いす用の席を直接チケットぴあなどで購入することになった。介護者込みで\3000である。 私の場合障害者ではあるが、手術、リハビリで、今回から車いす席を利用しなくても済むようになった。 |
2006年2月 浦和駅にもエレベーターが! 浦和駅にはエレベーターもエスカレーターもなかったが、西口の改札口のフロアから、地下の通路に行くエレベーターができた。 地下の通路からホームに行くのがないのは片手落ちの感もあるが、止むをえないだろう。 少しずつ改善されることを期待する。 駅の東口も工事してるので、そっちにもエレベーターができるのかもしれない。 |
2007年1月 浦和駅の一番線ホームへのエレベーター、エスカレーターが1/15に完成した。但し、一番線、京浜東北線の上りのみである。 なお、このエレベーターのあるフロアに行くには階段があり、まだまだであるが、浦和駅の将来が見えた感じがする。 10年先が楽しみ?? |
車いす関連図書 |
2004年6月 「車いすのリアル」-私たちはそんなに気の毒じゃないし、かわいそうでもない-石川ミカ著大和書房2003.8.10 通勤途上の階段で転落し、脊髄、頚髄損傷になって車いす生活になった若い著者が副題通りの車いす生活の実際を描く。 トイレの大変さはまさにリアルで、車いすの中心で また、「がんばれ」の励ましの言葉に「がんばっているのに、どうして、もっとがんばれっていわれるんだろう。」と考えているには共鳴を感じる。 著者は車いすのファッションショーを目指している。 車いすのファッションショーはあっていいはずのものであり、車いす自体のショーも展示会で並べられているのではなく、ファッションショーのような 形で紹介されるのがベターであろう。 |
2005年6月 「くるま椅子の歌」水上勉 中公文庫1993.11.10初版 あとがきの記載年は昭和42年 くるま椅子関連の本を読もうと思って、選んだいた本の一冊である。 読み始めて作者には身障者の子弟がおられたはずと、あとがきを見たらまさにそのことの記載がある。 作品はその記録ではなく、あとがきに書いてある通りフィクションである。 内容的にはくるま椅子生活を語ったものを予想してたが、そうではなく脊髄破裂の子をくるま椅子にならないように 育成して行く過程を描くものである。出産した病院との係わり、宗教がらみの人、政治がらみ運動、それらに体当たりして行く母、作品の古さは感じられない。 身障者関連の制度が基本的な部分で進んでないということでもあるわけだ。 ノンフィクションが多い分野なのだが、訓練施設の状況を訴える社会性も含む展望を切り開く作品で、フィクションの 力を感じさせられる。 |